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　今回の日記は字数の都合上、前半部分をこちらで受け持っておりますが
　内容はジャック（ENo.1597）視点で書かれており、地の文もジャックの一人称で進行します。
　分かりづらい構成で申し訳ありませんが、以上の点にご留意の上お読み頂けると助かります。

　なお、内容は前回の日記からの続きになります。

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“悪ガキ”を卒業した俺は、親父顔負けのギャンブラーになった。
というより、今じゃ完全に俺のほうが上だ。賭けの腕も、世渡りの上手さも。
だからこうして俺は生きて、今日もギャンブルに興じている。


ここは地下賭博場──つまるところ、違法賭博を取り仕切る場だ。
ハイリスクハイリターン。
まさにその言葉が似合いのスリリングな遊び場。
薄暗い室内に酒と煙草の煙、そして女の香水が入り混じる空間…嫌いじゃない空気だ。
客はまぁ、それぞれだが……なにより懐に入る額が大きい。
強いて難点があるとすれば、昔『世話になった』連中と鉢合わせる可能性が高い、という事ぐらいだ。
しかし厄介事は面倒だが、それは向こうも同じこと。
お互い適当に気づかないフリでもすれば、何事もなく遊びの幕は閉じられる。

堆く積まれたチップを弄びながら、ぼんやりとそんな事を考えていると
不意に同じ卓につくプレイヤーの一人が苛立ったように声をかけてきた。

「おい、テメェ…調子乗んのもいい加減にしろよ」
「……あぁ？」

剣呑な雰囲気に辺りが少しばかりざわつく。
男は酔っているのか、うっすらと顔を赤くしながら酒臭い息を吐きかけてきて、
それに俺が眉を顰めると、尚の事イラついたような表情を浮かべた。

「さっきから随分と景気よく勝ってるみてぇじゃねーか、えぇ？ ガキのくせによぉ！」
「勝ちにガキもクソもねぇだろ、実力だ」
「ハッ！吠えてろ、クソガキが！ぜってぇ負かしてやるからな！！」

ギロリと血走った目で睨みつけ、悪態をつきながら床に唾を吐きかける。
その見た目はいかにも小悪党といった感じの痩せこけた風体で、
しかし殴り掛かられたとしても一瞬で返り討ちに出来るであろう、そんな男。
つまりは雑魚だ。

（こういう連中に限って弱ェ癖にキャンキャンうるせぇんだよな…めんどくせ)

とかく今プレイしているゲーム──クラップスは、基本的に熟練の差というものはほぼ関係ない。
必要なのはただ直感のみで、ダイスを振り、勝つか負けるかを賭ける。ただそれだけだ。
だから男の言うことは筋違いで、大方勝ち続けている俺を僻んでのことだろう。
わざとらしくため息をつけば、男は思い切りテーブルに拳を叩きつける。
見かねたディーラーが「まぁまぁ…」と男を宥めに入り、俺は笑いを噛み締めた。



「ハッハァ！俺の勝ちだぜ！」



その後も幾度目かの勝ちを手にし、積まれたチップは更に量を増していく。
これだけあれば今日は酒も女も楽しみ放題だ──そう笑みを浮かべた時だった。

「イカサマだ！！」

面倒くさい単語を叫ばれ、上がっていたテンションも一気に落ちる。
舌打ちをしながら見回せば、案の定先ほどの男が顔を真っ赤にしてこちらに指を突きつけていた。

「こんだけ勝ち続けるなんて有り得ねぇ！イカサマだ！インチキだ！！！」

男は尚も叫び続けるが、インチキだイカサマだと難癖をつけられるのは今に始まった事ではない。
だからと言って、言われもない事を喚き散らされるのは面倒この上ないのだが。

「イカサマなんてやるわけねーだろ、バーカ」
「いいや！！俺は見たぞ！」
「何を見たってんだよ、めんどくせぇなあ」
「めっ……！？お、お前がイカサマするとこをだよ！！！」
「だーーーーーー！！！だから！！やってねぇって言ってんだろ！！！ふっざけんなボケ！！！！」
「ムキになったな！？やっぱりイカサマしてたんだろう！！！」

こいつ、殴り飛ばしてやろうか────苛立ちのあまりそんな考えが頭を過ぎった
その時。





「彼はイカサマなんかしてないぜ」





──鶴の一声ってのはこういう事を言うのか、と思ったのを覚えている。
背後から割って入った声は落ち着いてはいたが、どこか状況を楽しんでいる風だった。
振り返って見ると、そこに立っていたのは一人の男。


青みがかった黒髪。
青い瞳。
黒ずくめの出で立ち。
細長い身体。
そして、まるで貼り付けたような笑顔。


男はにっこり笑って「邪魔したかな」と小さく声をかけてきた。
それに俺は小さく肩を竦めてみせる。
すると男もくすりと笑い声をこぼした。

「な、なんだてめぇ！急に出てきたかと思えば変な事言いやがって！！」
「変なことだって？ 俺に言わせればアンタの方がよっぽど変なことを言ってるように思うけど」
「あぁ！？」
「こうやってずっと後ろに立って、手元を見ていたんだから分かるさ。
──正真正銘、イカサマじゃない……って。そうだろ？」

涼しい顔で俺を擁護する男に、イチャモンをつけてきたヤツはぐっと言葉を飲み込んだようだった。
目も明らかに泳いでいて、挙動不審もいいところだ。

「ばっ、馬鹿なこと言うんじゃねぇよ！だったらなんでこんな……
そ、そうか分かったぞ！！お前らグルだろ、そうなんだろ！？だから庇うんだろ！！！」
「はぁ！？てっめ、何言って──ッ！！」

的外れもいいとこだと立ち上がろうとしたが、静かに手で制される。
その先を見上げれば、黒ずくめの男が「やれやれ」といった具合の笑みを浮かべていた。

「物分りの悪いヤツだなぁ……騒ぎ立てなきゃ穏便に済ませてやったのに」

怒号を上げ続ける男を小馬鹿にするような口ぶりで、わざとらしく肩を竦ませる。
ご丁寧に深い溜息つきだ。
挑発された男はもはや血管が切れるんじゃないかと思うほどにまで顔を赤くし、体を戦慄かせた。

「突然横から出てきたかと思えば、み、妙なことばっか言いやがって！」
「へぇ？じゃあ言うけど… あんたさ、さっきからコイツのことイカサマだとか詐欺師呼ばわりしてるけど。
むしろグルになってイカサマしてるのは──あんたとディーラーの方だよな？」
「────ッ！？」

周囲がざわつく。
先ほどまで涼しげな顔で無関係を装っていたディーラーも、
突然騒ぎの舞台に上げられて動揺を隠せないのか、狼狽した表情を浮かべた。
怒り狂っていた男はといえば、先ほどまでの勢いはどこへ行ったのか、
じわりと額に冷や汗を浮かべて、落ち着き無く目を泳がせている。

「ふっ、ふざけんな！適当なこと言いやがって！！いきなりなんだってぇんだよ、ああ！？」
「そのさ、いかにも図星突かれて慌ててますっていう、バレバレな態度はどうにかならないのか？
…ま、いいけど。説明していいんだったら説明してやろうか」

黒ずくめの男は何やら楽しげに声を弾ませる。
対する相手は二の句が出ずに言葉に詰まっているようだ。
いい気味だと笑ってやれば、ギロリと睨みつけてくる元気はまだあるらしい。


「…あんたはコイツが来る前までは、地味ーにだけど勝ちを重ねてたよな。
そう、本当に地味に。よっぽど注意して見ないと分からない程度に、だ。
だからこそ、あんたの目の前にはチップがごっそり貯まっていた。ここまではいいかな」


にこり、と実に楽しげに笑う。
それは俺にはどうにも小物を甚振るのを楽しんでいるようにしか見えないが、
正直なところ「ざまぁみろ、もっとやれ」と思っているのもあって、完璧に外野に徹している。
男の演説に顔を青くしていく当事者たちを眺めるのは小気味いい。


「どうしてあんたがそこまで勝てたのか？ そこでディーラーの登場だ。
あんたは投げ手…シューターの順番が自分に回ってくるたびに、
何故か何度もディーラーと視線を交わしてたよな。 所謂アイコンタクトってやつさ。
するとディーラーは巧みにも、周囲からあんたが見えにくくなるよう立ち位置をさり気なく変えていた。
どうしてか？ それはあんたがダイスをすり替えていたからだ。不利な目が出たダイスをな」


男の演説は続く。
最初はざわついていた周囲も、今では雰囲気に飲み込まれたかのように静かに事の成り行きを見ている。
その状況と反対に騒がしいのが、槍玉にあげられている男だ。

「で、デタラメ言うんじゃねぇよ！！証拠は、証拠はあんのか、ああ！？」
「あるさ。この俺が、直に、この目で確かに見てたぜ」
「う…っ、そ言うんじゃねぇ…！！」

ダン！と思いきり男がテーブルを叩く。
が、そんな行動も演説をする男にとってはどうということもないようだ。


「俺が思うに、コイツが現れるまではここはあんたの独壇場だったはずだ。
だのに、コイツが現れて状況が一変した。
そう、あんたは何故か勝てなくなったんだ…ディーラーと組んでイカサマをしているにも関わらず。
何故なら、その相手は幸運の女神に愛されているような男だったから。運を強引に引き寄せるのさ。
途中で切り上げれば負けずに済んだのに、あんたはムキになり欲をかいて……そして失敗した」


青くなっていた顔を再び赤く染める男を笑顔で見つめながら、
黒ずくめの男はトドメとばかりに声を発する。


「……つまるところ、あんたはついつい、我慢できずに突っかかっちまったんだ。コイツに。
イカサマしないと勝てない自分のことは棚上げしてな」


涼しい顔で演説を終えた男は、ゆでダコのように顔を赤くして睨みつけてくる男をのんびりと眺めている。
俺は俺で、あまりにもわかり易すぎるイカサマ男の態度に笑いを堪えるのに必死だ。
いくらなんでも単純すぎる。小物にしてもこれはあまりにもお粗末だ。

「ば、馬鹿にしやがって！！！！」

そう呑気に構えていると、怒号と共に男が飛びかかってきた。
黒ずくめの男も驚いたのか、目を見開いて動きを止めている。

「チッ、めんどくせぇ」

飛んできた拳を手のひらで受け止める。
黒ずくめの男はきょとんとした顔で俺を見た。
対して殴りつけてきた男は驚愕の表情を浮かべ、手を離せと喚きながら俺を見上げてくる。

その時。

コツン、と何かが床へ落ち、男が小さく「ああ！」と叫んだ。
視線を向けてみれば、そこに転がっているのはダイス。——賭けで使っていたダイスと同じもののようだ。
つまり、黒ずくめの男の演説は嘘ではなかったという事になる。

「よお、おっさん」
「……！！」

話しかけられ、男はびくりと大きく身体を跳ねさせる。
俺はディーラーと男を交互に見ると、ニヤリと笑いその耳元に囁いた。



「今日の“おいた”は水に流してやる。さっさと失せな」



掴んでいた拳を離した瞬間、男はバタバタと転びながら賭博場から姿を消した。
その途端に喝采があがる。
俺と黒ずくめの男は、笑いながらお互いの拳を突き合わせた。





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以下、ジャックの日記に続きます
http://ikki.x0.com/r/k/k1597.html#DIARY

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あきらかに落胆を滲ませた彼の声は、自分の答えが期待を裏切ったせいなのだろう。
嘘は言っていないし、これは真実だ。
しかし、どうしようもない申し訳なさがこみ上げ、謝罪の言葉を吐く。

鬱蒼と茂る森の木々。
どこまでも続くのではないかと錯覚させる一本道。
黄金色の波をうつ稲穂畑。

記憶を思い起こすと、懐かしさがこみ上げる。

—— 私の目が見えなかったことも大きいだろうな。

言葉には出さず、一瞬拳を強く握りしめ目を伏せる。
「…気の毒にな」
落とすようにポツリと呟かれた言葉に、目線を男へと運んだ。

責められている様な気がして、その一言に胸がつまる。
上手く言葉が出ず、返事をするだけで精一杯だった。

もしかして捜しているのは"人"ではないのだろうか。
"ソレ"とは…また随分と、おかしな言い方をするな。
そこまで考えたところで、嘲る様な声に思考が遮断された。

自分にとっては大事なことも、人から見れば幼稚な表現に思えたかも知れない。
今後、口を滑らせないようにしなくては。

男が立ち上がると、それに並び腰を浮かす。
見るところ、足取りはしっかりしている。
どうやら言葉通り、体調は幾分回復したようで安堵した。

おそらく、ここでいくら頑張っても彼は金を受け取ろうとしないだろう。
無駄な言い争いをしてもしょうがない…と、諦めて袋を受け取る。
ずしりと重い袋を握り、これを正規の依頼とするなら、
それはとても強い思いなんじゃないか…何となくそんなことを思った。

すごく…にぎわっている…。

少年は店内を見回してきょろきょろしている。
酒で出来上がった酔っ払いの表情は真っ赤であるが、陽気な笑みを浮かべていた。

ジャックの声に気付き、視線をテーブルに戻すと
大量の料理の山が。ほぼ肉料理が山々に並んでいた。

あまりの大食いさに言葉を失いかけていた。
無理なく取り皿で分けてもらったブラックに「有難うございます」と礼を述べた。

「いただきます」と声を出し、切り分けた料理を口に入れた。

普段あまり口にしたことのない料理に、抵抗感は若干ながらあった。
料理の内側から口の中に溢れる肉汁。脂身があれど、香ばしさがある。
……ただ、同時に贅沢さを感じた部分もあるが。

純情な目が、不純な疑いの眼差しでジャックを見つめている。