ENo.2060 レイ＝クウォートさんを書かせていただきました。
遅くなってすみません！

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　ビロードの上を転がる琥珀のような歌声が森の中に響いていた。
　早朝。
　雨上がりに特有の甘い香りが漂う森を、少女は歌声に誘われるように歩き続けた。まだ乾き切らない雨滴が日差しを受けて煌めいていた。
　少女は首から下げたカメラを握り直す。少し手が震えていた。
　きっとこの先に島の固有種がいるはず。まだ見たことのない固有種に怯えている場合ではない。自分はそれを写真に収めて次の展示会を成功させるために来たのだから。
　少女は都会で写真家としての道を歩み始めたばかり。まだ独り立ちして間もない。これから先やっていけるだろうか、という不安を覚えてしまう。そんな矢先、遠く離れた島に独自の生態系に連なる固有種たちが住むという話を聞いた。それら生物たちを写真に収めれば、きっと物珍しさが手伝って話題になるだろう。
　少女はすっかり男のような恰好になって歌の聞こえる方向へ進む。淡い色合いの金髪は長く伸ばしていたが、二本に分けて結んで、森の中での行動を妨げないようにしている。
　幾重にも重なった茂みの向こうに彼はいた。
　太い枝に腰を掛けて、喉を震わせて歌声を響かせている。彼は少女がこれまで見たこともないほど見目麗しい姿をしていた。年の頃は二○代前半。すらりと伸びた長身に素肌を大胆に見せる独特な衣装をまとい、真っ白な長髪は彼の神秘性を増す。
　ただし彼は人間ではなかった。背中から青みがかった羽根を生やし、下半身は羽毛に覆われ、膝から下はまるで猛禽類のよう。それでも少女には嫌悪感はなかった。彼はこの姿で完成している。そう思わせるほど彼は美しかった。
　固有種だ。
　少女はそう確信し、カメラを構えた。彼を動物として見ていたならば、少女はためらわずにシャッターを切っていただろう。しかし少女は彼を人として捉えていた。断りもなく写真に撮ることはできない。
「すみません！」
　少女は樹上の彼にそう声をかけた。
　彼は歌を止め、少女に顔を向ける。
「おや、可愛らしい旅人さん。こんなところになんの御用ですか？」
　男性にしてはたおやかな声音。
　しかし嫌味な感じはしない。
　少女はドキドキしながら彼に訴える。
「貴方の歌声に惹かれて来ました。写真に撮らせてもらってもいいですか？」
「いいですよ」
　彼は快く少女を受け入れた。
　シャッター音が鳴った。
　彼を写真に収めた少女は心臓の高鳴りを押さえながら彼に警告する。
「こんな人里に近いところで歌を歌っていたら学会に狙われますよ？」
「学会？」
　彼は小首を傾げて疑問を呈す。
　少女は学会について彼に説明する。
　学会とは少女が暮らす都会において主導的な役割を担う科学者たちの集団だった。科学の発展のためならば彼らはどのようなことでもする。学会は今、島の固有種に注目していた。固有種に賞金を懸け、生け捕りにしようと計画を巡らせていると少女は聞いている。
　しかし彼は動揺を微塵も見せなかった。
「私たちハーピィにとって歌うことは生きることと同じです。歌わなくなったハーピィが生きていると言えるでしょうか？」
　彼は逆に少女にそう問いを投げかけるのだった。
　少女はなんと返していいか分からない。
　しばらくして彼は枝から立ち上がる。
　飛び去ろうとする気配を感じ、少女は最後に問うた。
「私はユーリエ。貴方の名前はなんていうんですか？」
「私はレイ。レイ＝クウォート」
　そう言い残して彼は飛び立って行った。
　舞い落ちる白い羽毛をユーリエは両手でそっと受け止めた。
　それからユーリエは島を度々訪れ、島の固有種を写真に収め、それらを都会で発表していった。ユーリエの写真に写る美しい固有種たちの姿は人々を魅了し、固有種を保護すべきという動きを生んだ。その動きに学会は最後には折れた。
　年を取ったユーリエは人々に度々尋ねられた。貴方の原動力はなんなのか、と。
　その度にユーリエはこう答える。
「私は恋をしたの」
　その恋の結末を人々は知らない。

ぽんぽん！