目の前で閉じてゆこうとする、ひとつの物語。
　にも関わらず。この遥か先でも綴られる物語。
　駆り立てられたひとびとの歩みの先、掴み取られた勝利の噂。そして、出現したという新たな地域。
　同じ時間の中にありながら、違う場所で違う瞬間を過ごす、この世界のあり方に、変化が生じ始めている。
　ひとつは、新たなエンブリオの出現停止。
　もうひとつは、「町」の噂。個々の時間を一つに縒り、収束してゆくであろう、世界。
　誰もが個性であり、誰も特別ではなかった。誰もが自分だけの時間を持っていた。その、歪さ。

　——敵に回る以外なかったひとびと。

　彼らが、悪いようにならなければいい。そう思えるのは、最早他人事だからかもしれない。
　反面、死者と共に待っているはずのあの司祭は、そのまま放っておかれれば良いなどとも思う辺り、実は自分は心が狭いか、執念深いのかもしれない。そうだとすれば、あまり嬉しくはない発見だ。

　自分達にとって、区切りと決めた戦いで、改めて認識したことがある。
　恐らく自分は、明確に強いと呼べる者ではない。もどかしいが、普段頼りにしている技や戦術、基礎となる能力を考えると、どう考えても、間を縫うような、補助のような役回りが一番効率が良かった。
　それを少しばかり悔しいと、悔やんでいる自分がいた。
　これはこれで良かったと思う。あるいは、鍵の塔で、更なる研鑽の一歩になるかもしれない。
　ただ、その進歩は、ここではない。今ではない。もう。

　留め具を外し、古い本を広げる。ここまで無事に、傷つかずあってくれた、古い書。
　この固定具を服の一部として作ってくれたのも、調査隊の魔女だった。
　武具としての特性は失われたが、この外套は長く愛用することになるだろう。槍も。元素の鎧も。世界を移動して、特殊な効果のすべてが失われても、それでも構わない。

　待っていた、とばかりに寄ってくる白虎を腕の中に迎える。本に傷をつけない。その言いつけを危うく忘れそうになりながら、しきりと頭を擦り付けてくる仕草に、ふと、口の端に笑みが上る。
　自分のことを日常の一部だと、そう言ってくれた少年。
　太陽のような声は、少しだけ痛みすら覚えるほど、真っ直ぐだった。いつでも。
　少年の掌に、しきりと頭を擦りつけていた白虎を撫でていた。その手は、知らなかっただろう。
　自分の契約した白虎は、野生を疑われるほどに人懐こい。自分が気を許している所為もあるだろうが、調査隊の面々と、それに連なるエンブリオ相手には、警戒心の欠片もない。気を抜けば、周囲をうろつきまわっている。
　ただ——頭を擦り付けて甘えることは、ひどく珍しいのだ。
　今の所、自分くらいだろう。夢なる狼でさえ、ごく稀に寝ぼけて、頭を巡らせたところを見るくらいだという。
　白虎の中には、明確な線引きがあるのだろう。警戒しないことと、全身で甘えること。
　それを教えるのは、帰ったあとにしようと決めた。ほんのささやかな悪戯心のようなものだ。

　土産話を仕入れるには、まだ時間がある。
　残った時間。他にはどんな話を用意出来るだろう？

（手袋を着用する