暗い研究棟の一角に、暖かい場所が出来ていた。
　クローンエンブリオの研究者と名乗る者が現れる区画に至り、調査隊の全員が顔を揃えていた。
　それだけで、こころなしか気持ちが明るくなる。単純に、人数の増加と同時に各自のエンブリオが増えることで、明かりの量も賑わいも段違いであるのだが。それはそれで心の問題ということにしておこう、と思う。
　人数が増えるとなると、食事の量も増えるが、自分としてはそれは歓迎すべきことがらである。

「なんか、今日のじゃがいもの切り方、変わってんな……それ、南瓜か？」
「はい。じゃがいもとかぼちゃのスープにしてみようかと思いまして」

　大量の野菜を洗うのを手伝ってくれた青年の問いかけに、手を止めずに答える。
　既に切り終わったじゃがいもの山に比べ、南瓜はやや難敵である。だからこそ、無心に手を動かす。
　『変わった切り方』というのは、薄切りにした上で、更に縦に長く切っていることだろう。南瓜も、同様の形だ。
　普段なら、特にじゃがいもは、大きい欠片ほど喜ぶ少年が居るので、その辺りを踏まえて切る。

「塩は控えめに、南瓜の甘みが出るスープです。具を小さめにした分、飲みやすいはずですよ」
「へえ。そいつぁ楽しみだな。……ちなみに、そこにあるのはベーコンだよな」
「はい。こちらも小さめに切りますが、いつもより量はありますよ」
「よっしゃ」

　小さくガッツポーズを決めた青年に、つい笑みが浮かびそうになる。
　やはり手は止めないまま、青年が手早く器まで洗い終わったところで、改めて声をかける。

「有難うございました。さすがに量が多かったので、助かりました」
「ああ、こんくらいはな。……つか、それ以外できなくてすまん」
「お気になさらず。おいしく食べて頂けるのが一番の励みになりますから」
「いい話だなあ……。ただ、なんか『子供は泣くのが仕事』みたいなニュアンスなかったか、今」

　ばれたようだ。
　いつも心から思っていることではあるのだが、どうやらプラスアルファまで伝わってしまったらしい。

「実はそうです。先ほどフィーさんとメニューを決めていたときなのですが」
「何か俺の話でも出たのか？」
「ご明察です。スーノさんが、長男気質かひとりっ子気質か、という話題になっていました」
「は？」

　意味が汲み取れない様子の青年に、自分も記憶を繰り返しながら、話を組み立てる。

「近頃、よく白虎や、レイさんの狼たちの面倒を見て下さっていますが、その様子が手馴れていらっしゃるので」
「ああ。あいつら、元気って言葉がそのまんま走ってるからなあ」
「そういう事を、笑って言える辺りで、長男気質という見解に繋がりました。ただ、僕は少し前まで、ひとりっこかもしれないとも思っていたんですよ」
「そうか？　それっぽいか？」
「言われてみれば違う気もする、程度ですが……ああ、ただ、末っ子ではないだろうな、とも思っていました」
「なんだそりゃ」

　軽快に笑う様子を見ると、気を悪くしたようではなく、少し安心する。
　安心した後で、やや過敏になっているかもしれないという思考が、ちらりと過ぎる。

「まあ、長男っちゃ長男なんだよ。ただ、家出てから長くたつから、その所為かもな」
「僕自身に兄弟が居ないので、その基準で見てしまっていた部分もありそうですね」

　それに。出会ったばかりの頃は、恐らくその時間で培った部分しか、見せていなかったのだろう。お互いに。

「エルみたく、まめに手紙書くでもないしなあ」
「ああ、お姉さんと妹さんがいらっしゃるそうですね。……そういえば、妹さんのお手紙、解読出来たんでしょうか」
「さっきリラエと頭抱えてたぞ」

　そこらも、相変わらずのようだ。今日のじゃがいもを増量しよう、とひそかに心に思う。

「とりあえず、最初の話に戻りますと、そういう感じで長男気質の話をしたことから、『子供は泣くのが仕事』のようなニュアンスはありました。すみません」
「いや、そこはあえて話を戻さなくてもいいからな？」

　青年のツッコミに何か返したかったが、ちょうど手元の素材が最後のひとつになっていた。
　無事に薄切りを完成させ、器に取り分ける。これで、じゃがいもと南瓜の準備は出来た。
　タマネギは既に切り終わって退避済みである。

「スープって、何かいいよな。温まるっつーか」
「わかります」

　そのとき、ちょうど、調査隊の女性が立ち上がって、早足で通り過ぎて行った。
　精霊のこどもに何やら話しかけ、頷いてメモを取り、戻る。いつもながら感心するほど、滑らかですばやい。

「なあ」
「はい」
「イリーシャが請け負ってんだよな」
「恐らくは」
「じゃ、大丈夫かな」
「そうなのでしょうね」

　出来るだけ研究棟を忌避したいと、自分から告げていた女性。
　詳しい事情などは、女性のことは女性に任せようと、魔女に丸投げした。あの魔女なら、という信頼もあった。

「ですから、やはり、美味しく食べるのが、一番の仕事だと思いますよ」
「だからなんでそこに戻るんだよ」

　肩を落とした青年に、再び笑いそうになる。ごく軽く、すねを蹴られた。
　鍋の方を確認しながら、告げる。

「ここはとてもつめたいですから」

　人の温度と、笑い声が必要です。と。

（手袋を着用する