穏やかな水の流れのそばで、久しぶりに全員揃って食事をした。
　ここのところ——と言っても、ほんの数日だったのだが——誰かが居ない状態が続いていた。更に、今居る場所はというと、煉瓦造りの水路の傍らに女神像と綺麗な花とがぽつぽつと在るような、実に心穏やかな風景であった。明日の行き先も2班同じなのも大きいだろう。

「落ち着きますね」
「うむ。女神の名を冠するだけはあるのう」

　水辺を眺めて誰ともなしに言うと、湯気の立つ茶器を手にした魔女が深く頷く。
　この魔女はあらゆる属性の術を使いこなすが、闇と水が本質的に親しいと聞いた気がする。

「透き通ってはいるが、魚が住めないほどじゃないってのがいいな」
「スーノってば、さっきごはん食べたでしょ？」
「いや違ぇよ。環境的に、魚が住めないような水がある場所は、なんつーか不自然で危ないってそういう」
「そうですね。僕、魚も好きです！」
「うん、まあ美味いよな魚鍋とかスープとか」

　いつものじゃれあいに加え、悪気のない少年の追撃に肩を落とす青年。これも、久しぶりに見る光景だ。

「水そのものはイリーシャが出せるが、量が必要な時は、やはり水辺だな」
「リラ、それなに？」
「先ほど見つけたんだが、活きが良すぎたので凍らせてある」

　淡々と告げた研究者の少女の手には、両手に載る程度の氷の塊があり、水棲の生物と思しきものが強制的に眠らされていた。
　普段の威力を考えると、砕かずに済んだことを喜ぶべきなのかどうか、若干迷うところだった。

「完全にかけ離れた新種ではないようだな。向こうで類似点が多いものがあった。案外根っこは同種かもしれない」

　彼女なりにこの環境はやはり喜ばしいようだ。そういえば、移動中も程よくリラックスしていたように思う。……やっていることはいつもと同じでも、テンションの差というのは、意外に出てくるようだ。

「水は冷たいけど、寒いってほどじゃないのもいいわよね。丁度いい感じ」
「こちらに来て一月で、大分暖かくなりましたからね。……マグさん」
「……ん」

　呼びかけた精霊のこどもは、地にぺたりと座り、空気の流れるままに頭の花をそよがせていた。
　居眠りこそしていなかったが、一時間でも二時間でもそのまま過ごせそうな風情である。近くにちらほらと咲く花と完全に同化しており、こちらもかなりリラックスしているようだ。

「……ありがとう」
「日が昇ったら、きっと歩くのがもっと楽しみになるよ。はい、レイも」
「ありがと。ふふ、あったかいわね」
「……うん」

　用意したカップに注いだお茶を、仔猫のような少女がそれぞれに手渡す。こどもも受け取る手つきに危なげなところはなく、熱すぎることもないようだった。

「ほんと、落ち着くわ。最近、辛気臭い場所が続いたから」
「お前は特に、あっちこっち行ったからなあ。ほれ、お疲れさん」
「あら、ありがと」
「わしもひとつ良いかえ？」
「あ、僕も」
「順番な、順番」

　そう言って青年が差し出しているのは、最近よく作るようになったチーズだ。
　味が良い上に調理も簡単かつ使い道が豊富で、おかずを増やしたい時などもお世話になっている。
　しかも、用意した本人が嬉しそうだ。自分も、店に並ぶような効能を持つ料理が作れた時には、あんな心持だったので、とてもよくわかる。と思う。

「すみません、こちらも一つ頂けますか」
「おう任せろ。ふっ、ピアスに丸ごとサイコロくっつけてた俺はもう居ない……」
「いえ、それはどうでしょうか」
「アンタ付加は相変わらずでしょ。うん、美味しい」
「……はい。美味しいです。とても」

　なるべく控えめな異議からの容赦ない追撃と、率直な感想を述べる女性に、どんな顔をしていいかわからなくなった。
　慰めでもなく自分も感想を述べると、青年は背中を丸めて頷き、空気を読まず突進していったちいさな白虎をぐりぐりと撫でた。……なんだかとても申し訳ない気分になる。

「そういえば、この近辺は、アヒルが出るとの事でしたよね。夕食の素材としてはどうなのでしょう」
「うむ。食えるようじゃぞ？」
「朗報ですね。アヒルといえば、まず丸焼きが王道ですが」

　その単語に、ぱっと顔を上げた青年の陰から彼の半身の狼が顔を出し、更にそこにわらわらわらと三人の小さな雪のエンブリオが舞い降りてこちらを見た。ついでに白虎もこちらを見た。
　期待に満ちた目の言わんとするところがよくわかり、口元がほころぶ。

　久しぶりだな、と、改めて思った。

（手袋を着用する