未来など、望んでいなかった。

彼女が、彼女たちが望んでいたのは、永遠に過去を押し留め、望む限りに美しく、現在を凍結する夢だ。羽ばたくことも必要なく、彼女自身、未来を売渡してさえ、今、この瞬間の美を求めていた。
未来など、どうして望む必要があった？
押し留められた美しい現在、殉じるもの、跪き、額づき、頭を垂れ、鎖に繋がれていても。それでも、世界に愛されていた。己の信じるものに。願う夢に。愛されて、いたのだから。愛していた。愛されていた。


けれど、恋を、してみたかった。


愛を、知っている。彼女たちはみな恋を知らない。そのように遺伝子に組み込まれているかのように。知らないということは、ないことを知らないということだ。恋をしてみたくないか？　そう問いかけられて、してみたいと答えられるのは、恋を知るものだけだろう。
エトワールの恋。その言葉の違和感を、彼女たち、…永遠議会・レタニッシマのものたちは仄かに胸に抱いて、今あの世界を生きている。恋が、生まれてしまった、あの鳥籠の世界を。

恋とは、
……恋とは、立ち入り禁止の扉を乗り越えて、走る繋いだ手
高い崖から墜落するとわかっていてもなお踏み込むアクセル
小さな小舟にのって、遠い海まで漕ぎ出でる月夜


その全て、未来を志向する感情
己の知らない世界、選択の余地なく流される、意志さえ預けて
身をまかせた先の
生命に繋がれた鎖さえも届かない
ただひとつの　それはあるいは　自由とよんだ世界の先で出会う　すべての名前

それをきっと、鳥籠の外では恋と呼ぶのだと




（…………。）


開けた瞳に、静まり返った城内の廊下、その奥の闇が映る。薔薇色の現在の中で、腐敗する未来に抗い続け、そうしてそのすべての手段は今はもう最早焼き尽くされて遠い。ネクター。彼女のただ一つの、戦う理由。腐敗する未来に進む中で、その未来から真に美しいものだけを拾い集めるための彼女の命そのもの。ネクター、彼女の美を構築するその骨を褥とする黄金の輝き、それを維持するただひとつ。感染、腐敗、絶望。地に塗れ。契約の力は不足し。炎に幾度も焼き尽くされ。全てのものに等しく流れるという時の中を、押し留めることも出来ないままに、庭園は荒れ果てたまま、この世界の次の神を抱く。

憧れ、志向した未来は、今彼女にとって何の意味もないはずなのに。
恐れていた未来に相対して、尚。それでも、未来が信じられるものであるのは——


（オルガ、ヤール）



（わたしは、美しいと、言って）