何も存在しなかった。

　何も存在しないときがあった。
　無が存在したときがあった。

　存在しない無は存在しない世界を、存在しないものから造りだした。
　宇宙のありとある萌芽を抱き留めた、種のごときものを投げ落として、下に置いたのである。

　種からは三重に折られた子性が生じた。
　一つ目は軽やかに存在しない無のもとへと去る。
　二つ目は聖霊に手を引かれ無のもとへと還った。
　三つ目は地を這いただ己の愚鈍を嘆くばかりに。

　種からはやがて第八天、第七天の支配者が生まれ出た。
　いつしかこれらの支配者は子を生む。
　子らはいずれも支配者たちより優れたるものどもであった。

　かくて天地はいまに知られているようなものとしてその姿と存在を得たのである。

　無の面影を持つ救世主の死によって、第三の子性は無のもとへと上昇を始めるであろう。
　そのときにこそ、憐れまれるべきものどもには大いなる無知が授けられる。
　何よりも恵み深き大いなる無知が。


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　娘よ、なぜそうまで深く項垂れて身を乗り出すのか。

　果たして何がお前を手招くのだろう。

　惹かれるほどの強さをもって。　




　鏡は欲しがるほどのものを映しはしない。

　境界はお前の執着を十字に架ける。

　あらかじめ与えられたものを欲することなど出来はしない。

　ただひたすらに見詰め続ける眼差しとなって息をする。

　応答のない恩寵に焼かれながら。

　火花。

　そこに取り残されたものは何だったのか。

　過失に咲く、あまりにいとけないその熱情を。


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Chroma Celosia/Summer Vacation　：　http://rainpark.sub.jp/palir/ccsv_ikki.html　

何か硬いもの、と言われて、つい笑ってしまう。

貴方が嫌がらないなら、その手を取って、鍋のふちへ誘う。
大きい鍋のふち、丸みを帯び過ぎた胴体。使われないだろう大きな取手。
そして若干の生き物めいた、不安定な揺れ。

　
木漏れ日が描くまだらの波に向け、しばし視線を泳がせた。
揺らめく瞳の上に、瞼の影が差す。
　

　
真っ直ぐに顔を上げる。そうして空の右手を徐に相手へ伸ばす。
指先が睫毛の先に触れるか否かの距離で、さながら彼にとって貴いばかりの光を遮るように。
　

　
相手の眼前にあった手が、緩やかに引き戻される。

人形につつかれて、ようやく名乗り。

周囲を何度も見回し。

左の目から取り外した、青い薄く光る鉱石を軽く押し付けるように差し出し。

途中で途絶える言葉を促すよう、鸚鵡返しに語尾を上げる。
だが、彼の仕草にそれ以上しつこく問う真似はせず。

失礼、と断って彼の手を取り、己の腰、あひるの部分へと触れさせようと。
たまご色の羽毛はぽわぽわと柔らかく、彼の手を暖めるだろう。

笑って言うと、皿を彼の鼻先へと差し出す。
まだ暖かいパンケーキは、一口サイズに切り分けられ、誰かにつままれた分だけ欠けて並んでいた。