エンブリオは同じ種であっても個体によって大きくその性質が異なるようだ、と言うのは一か月少々の道則で重々心得た。
人と変わらぬように見える精神を持つもの、意思表示をしないもの。かたちあるもの、存在すらも希薄なもの。
それは大変に多様で、非常に興味深い。

一人が契約できるエンブリオは十が限界だ。
エンブリオと契約を交わしその力を得るには生命力の供与が欠かせない。
契約数が増えるという事はそれだけ多くの生命力を与えねばならないということ。生命力を供するということは己の命を削ること。その量が増えれば増えるだけ、契約主のリスクは高まる。
そして契約主がエンブリオに供していた生命力が多ければ多い程、エンブリオと解約した時の能力は著しく低下する。
それは膂力であったり、技力であったり、魔力であったり、癒力であったり、頑健さであったり、機敏さであったりする。

一人が契約できる限界数の、倍のエンブリオと契約した。
エンブリオが与える力は多様で、得る技もまた多様で。
二十のエンブリオと契約した。
確認したエンブリオの数は、その数倍以上だ。この先も未確認のエンブリオが多数現れるのだろう。
二十のエンブリオと契約して、十のエンブリオを手放した。
この先も手放すことはないだろうエンブリオの数は、一つ二つと緩やかに増えた。手が伸ばせる十まで、あと僅か。
手放すものと、放さぬものは。その差は、



　　　——くす、くすくす。

鈴を転がすような笑い声が、不意に響いた。
見れば先日契約を結んだばかりのラタトスクが、少女の精神を持つエンブリオに囲まれている。
何やら色々と吹き込まれているようだったが、精神の性質が近いのだろう。どうやら愉しげにしているようだ。

「ああ、スーノってあの黒いののこと？」
「そうそう。レイは「スー」って呼ぶわ」
「そうなのね。そのスーノが」
「そうなの。スーノが！」

くす、くすくす。
内緒話をしているようで、その実声はそこまで抑えている風もない。話が盛り上がって抑えるのを忘れたのかもしれない。少女の内緒話はちっとも内緒なんかじゃないのだから。

「……あんたたち、何の話してるの」
「なーんにも！みんなのこと教えてただけよ」
「スーの名前聞こえたわよ。あいつのこと悪く言ってんじゃないでしょうね」
「そんなこと言ってなあい！スーノがラザラスと」
「あっ、ばかっ」
「あっ」
「あー！」

不意に聞こえた相棒の名前に思わず割って入ると、エンブリオたちはくすくすと笑う。
そして、どうやら秘しておくつもりだったらしいことを口走ったローレライを、セレナやネージェが慌てて制止する。
……ますますもって、聞き捨てならない。

「……スーが、ラズと、なに？」
「……こ、こないだ、二人で夜見張りしてたって話だよう」
「そ、そうそう！あの二人は仲良いんだよって！」
「そう！レイの「おすわり」はラズにも効くんだよって」
「効いてんの！？」

そこから話は近頃口癖になりつつある『おすわり』に飛んで、叱られたと勘違いしたリーテとノクトが何も悪いことはしていないと飛び出してきて大騒ぎになった。
騒ぎを聞きつけたラザラスのホワイトタイガーまで出てきて収集がつかなくなったところを収めたのはやっぱり『おすわり』だったりする。



（この子達とは、あとどれくらい一緒にいられるのかしら）

そんな考えは、誰にも届くことはなく。
今日も夜は更けてゆく。