それは、夢のようだった。

いつかどこかで見た街。
知らない街の様でいて、森から一番近いところにあった街の姿にも似ていた。
皆が、居た。

トウカさんが、ルドさんが、ソルトさんが。
マコトさんが、メィレーさんが、ユパックさんが。
ゲオルグさんが、ヤサカさんが、ウワバミさんが。


皆が居た。
揃って、笑って、無事に王を倒せて、祝杯をあげて。
まるで夢の様な、そんな時間。
いつまでもこうしていたいと、願う、そんな。


嬉しい。嬉しいけれど、何かが違うのだ。

ハルニレが居る。
ルアルが居る。
皆が居て、ネクターが舞って——。




疑問を抱いた瞬間に、頬を伝う冷たさに気づいた。
同時に認識する。これは『幻』だと。

気づいてしまった。
自分の醜さに、ずっと蓋をし続けたことに。

「……あ、ぁ……」

出した声は掠れていた。
これは彼らの見せた、都合のいい、幻影であり、罠だ。
抜け出さなければ、このままここに囚われたままでいるだろう。

気づいてしまった感情の波は止まらなかった。
自分はこの幻術を、他の仲間達よりも『受けやすい』と今ならわかる。
きっと今仲間の声が何も聞こえないのは、見えないのは
彼らより『深い処』に居るからだ。それほどにこのネクターの海の
影響は『自分たち』には、強すぎる。
けれどそれだけではない事に、気づいてしまった。


「私が、心の奥底で、望んでしまった、事」

ずっと、旅を続けたかった。
王を倒したかったのに、倒したその先に気づいてしまった時に望んでしまった事。
このまま、皆と一緒に居られたらいいのにと。
それこそ、今が、この長いようで短かったこの時間が、夢の様だったというのに。


口に出してしまえば崩れてしまいそうだった。
だからその一言を口に出せなかった。
今も喉の奥にギュッと詰まって、言葉に出来ない。
出来ない代わりに、かすれた声だけが漏れる。
舞い続けるネクターの花弁の中、ぐいと乱暴に目元をこする。

皆の笑顔がにじむ。
歪む。
夢が終わる。

それでも。


「終わらせなくては、いけない」


王を倒さなければ。全てを終わらせなければ。
ずっと望んできた事。
白林檎の樹の杖を、強く、握る。

「言わなくちゃ、いけない」

黄昏は今度こそ、前を見る。
もう一度溢れそうになるものを堪えて、歪む幻影を、
その先をただ、真っ直ぐに。

「私は——サヨナラを、きちんと、言わなくては、ならないんです」


どうにか、笑みを形作り、はっきりと音に出した、その時。
ようやく娘はネクターの海の深いところから、仲間のいる浅瀬へとようやく目を覚ます。

夢の終わりに向かって。
旅の終わりに向かって——歩き出す。

彼女の声で、漸くはっきりと今自分が居る事に気が付く。
それほどに娘は性質故、皆よりも深く、深く引きずられていた。

今でも油断をすれば、すぐにまたあの夢へと意識を持って行かれそうになる。
むせ返るような花の香が、脳髄を狂わす。

言葉に息を呑む。このネクターの海に一人残るなど、そんな。
けれど。笑みを、背を、みたから。
長い間、背中を預け合ってきたから。だから。

ぎゅ、と白い杖を握り直し、彼女の思いに応えようと——精一杯笑って。前を、見据えた。
有難うに、全てを、込めて。

花の強い香に、眩暈がする。苦しい。それでも。

一瞬の隙。作ってくれたそれを無駄にせぬよう、走り出す。