この一揆に参加してから、数日が経つ。

戦況は想定以上に目まぐるしく変わっていた。
斥候の兵士を始め、城内への抜け道に門番らしき退役軍人、
地下牢の先には司教が待ち受けているという報告も聞く。

コトブキは書類を整理しながら内心唖然していた。
いくらなんでも王政側の対処が早すぎる。
これではこちらの装備補強が間に合わないのではないか。

自分達は、安全に進むために基礎固めを進めていた。
天然の要塞に突っ込んではいるが、
王政側と本格的に戦うなら戦力の増強は必須課題である。

新たな情報を記録していると、小僧が水を持ってきた。

「また一段と多い書類の量ですね。」
「予想以上に王政側の戦力展開が早い。発見された敵の概略でこれだけだ。」

そう言って、手に持った書類の束を揺らしてみせる。

「僕たちは、相も変わらず山岳に籠っているようですけど。」
「今の状態では、あの平原の門番でさえ倒すのは難しい。
　着実に勝ちを取るためには準備というものが必要なんだ。」
「……でも、僕らより装備の薄い人達が特攻していますよ……？」

ミハイルの声が低くなった。固い表情のまま、続ける。

「志のある人達は、自らを省みず敵に向かっている。
　我が君の言っていることは、強敵と戦わないための言い訳じゃないですか。」

コトブキの動きが止まった。視線をミハイルの方に動かす。

「僕は今だって、我が君が無力だとは思わない。
　寧ろ僕らは勝ち進んで余裕が出来つつあるのではないでしょうか。
　我が君は、志を同じくする人が傷ついても平気なんですか？」

少し乱暴に水の入った器を置く。

「一揆の参加者だけじゃない。
　こうしている間にも、多くの民衆が国王に苦しめられているんです。
　僕はこの世界を革命するために、この一揆に参加しました。
　だから早く、王城に攻め入って国王を討たねばならないんです！」

ミハイルは目の前の机に勢いよく拳を振り下ろした。
コトブキの表情は変わらない。冷めた目で少年を見つめている。

「国王を討つというが、
　それは即ち国家というものが崩壊する事を意味する。分かっているか？」
「搾取ばかり行う国家に何の意味があるのです、
　平和と解放を得るための唯一の道は、革命だけじゃないですか！」

ミハイルの大きな声は、あたり全体に響き渡った。

——同じだ。

コトブキは睫毛を伏せ、小さなため息をつく。

自分の居た世界にも、同じような事を言う人間達がいた。
国は搾取するばかりで上層部だけが肥える事しか考えていない。
こんな国家なんて、一度全て破壊した方がいい。
既得権益に群がる者たちを駆逐してしまえ、と。

滑稽なことに、彼ら自身で血を流そうとはしないのだ。
弱った人達を焚き付けて、自分は甘い汁だけ吸おうとする。
革命を賛美しながら、自分達だけは決して既得権益を手放さない。

コトブキはミハイルに群がる大人達が何を言っていたか、はっきりと記憶している。
君の流した血が私達の未来を作る、そう言っていた。

詐欺師も騙される者も、破壊するものの大きさをまるで考えていない。


「ならば問おう。お前はこの一揆を革命と言うが、
　目の前の権力を倒せばその先に楽園があると、本気で考えているのか？」


ミハイルが目を見開く。革命の先など、考えたことすらなかったからだ。
あてずっぽうを言う相手とも思えない。
ミハイルは頭を巡らせながら、椅子に座り直した。

「楽園だなんて考えてはいませんが、
　みんなで知恵を出し合えばいいじゃないですか。
　民が平等になってこその革命です。」

「このメルンテーゼには何万もの民がいるわけだが、
　その意見をどうやって纏めるのかね？」
「えーと……お互い譲り合えばきっと纏まりますよ。」
「住む場所が違えば社会制度も違うし立場も価値観も風習も違う。
　もし小僧が『譲り合い』をしようとすれば、
　ほぼ間違いなくお前の意見は通らないだろうな。譲り続けることになるから。」

「僕は、基本的に皆いい人だと信じています！」
「どうにでもしろ。ただ社会制度が変わったら善悪の判断基準は変わるからな。」

ミハイルは言い合いをして疲れたのか、器にあった水を一気に飲んだ。

「……ならば、どうしたらいいんですか！？」

眦を上げ、般若の面でコトブキにくってかかる。

「今の国王が、みんなを苦しめているのは事実なんですよ！
　豊かな土地の暮らす人々ならまだいいかもしれない、
　けれど僕らの地方はただでさえ貧しいんです。
　ネクターを取り上げられたら、僕達は飢えるしかないんです！」

ミハイルの声は震えていた。

「毎年、冬になると凍死する子供の数を知っていますか？
　芋が疫病にかかった時に餓死した人数を知っていますか？
　国王が助けてくれた話なんて、ひとつも聞いたことはない。
　僕らはもう、限界に来ているんですよ。」

少し自嘲ぎみに笑う。頬には涙がつたって落ちた。

「……本当に国を変えたいと望むなら。」

コトブキは一呼吸おいて、口を開く。

「全てを受け止めて先に進むだけの『能力と意志』が、お前にあるのか？」

能力と意志——コトブキがよく使う言葉である。
能力だけでも意志だけでも物事は動かない。二つあって初めて意味を持つという。

「お前は声高に革命と言うが、壊すだけなら誰でもできるんだよ。
　問題は壊した後、どう立て直すかだ。
　立て直せなければ、みんな壊す以前よりもっと悲惨な目にあう。
　今まで自分達を守っていた基盤が全て無いのだから。」

普段は意識しないが、民衆は国という基盤に守られている。
それを意識せず過ごせるのは、幸せの証明なのだけれども。

「国を本当に変えることが出来るのは、
　壊れてしまった国家に責任が取れるものだけだ。
　壊した先の展望を考え、立て直しを構築し、それが実行できる者。
　お前に、革命の先は見えているかね？」

少し水を飲み、さらに続ける。

「責任を取ろうとすれば、無秩序にただ壊すなんてできないよ。
　作られた秩序を守りながら、かつ実績を残す者でないと不可能だ。」

尤も、そんな人間はやみくもに革命などには参加しないのだが。

「一つ具体的な話をしよう。
　私の国でもかつて、革命というものはあったんだ。
　多くの血が流れ、当時の執政部はその権力を失った。
　新しいものがどんどん入ってきて、今までの生活習慣も変化していった。
　でも、全てを壊したわけではないよ？」

ミハイルは食い入るようにコトブキの話に耳を傾けている。
コトブキはあまり自分の世界の話をしないので、とても新鮮だった。

「我が国の国家元首は2600年以上の歴史を誇る。
　革命と言いつつも所詮いつもの勢力争いの範疇を出なかった。
　だから立て直すことが出来たんだ、国の基盤は壊さなかったから。」

自由と改革を求めて、今までの基盤を徹底的に破壊した国もある。
それらどの国にも言えることは、革命直後は地獄絵図だったこと。
自らの血を流しながら、苦しい思いを何年も重ねて、
時が過ぎ去った今でも弱い基盤に揺られながら懸命に生きている。

この少年には、そんな負の部分が見えていない。
仕方のない事だと分かりつつも、
説教をしてしまう自分はどうしようもないとコトブキは考えていた。

「……話が脱線したな。
　この国を本当に変えたいと思うのならば、まずその能力を磨け。
　国王が本当に間違っているのか、
　情報を集めてから判断しても決して遅くはない。」

コトブキは立ち上がって、座っていたミハイルの頭を強引に掴む。

「少し、頭を冷やせ。」

本当に頭を冷やすべきは自分だろうに。
心の中でそう呟いて、コトブキは苦笑した。


◇◇◇


キャンプにミハイルを置いて、コトブキは岩道をゆっくり進む。
山岳だけあって足場が悪いが、砂利を蹴りながら歩く。
あまり離れると危ないが、今は自分の頭に新しい空気を入れたかった。

「余所者のくせに、今回は随分肩入れするんだ？」

ふいに、少女の声が聞こえた。気配は感じない。
コトブキは足を止め、辺りを伺う。視界内には誰もいない。

「普段は管轄外だと軽く流すくせに。
　ここに来てからも、基本はそう。大体の人には世間話しかしてない。
　当然だよね。必要以上にかかわると、
　何かあったら責任取らなきゃいけないもんね？」

明らかに嘲りの色を含む少女の声は軽やかだ。
ただこの声、どこかで聞いたことがある気がするのは何故だろう。

「貴女の言動理念は正しい。
　でもね、あの子に対しては少々深入りしすぎじゃないかな。
　あの子はメルンテーゼの人間。貴女は他の分割世界の人間。
　どんなに深く関わっても、あの子の未来に貴女はいない。
　もしかして、この世界に永住するつもり？」

まさか、と頭の中でコトブキは即答した。

「そうだよね、貴女は自分の世界でやりたい事を明確に持ってる。
　どんなに親身になっていても、この世界に骨をうずめる選択肢なんてない。
　……だったら、永遠に口を閉じておけばいいのに。」

頭の中を読まれた？
理解しがたい状況になりながらも、コトブキは懸命に動揺を隠す。

「貴女、他人を焚き付けて自分で責任取らない奴って大嫌いよね？
　常々そんな人間たちに煮え湯を飲まされてきたんだもの。
　心から憎悪し、そのアンチテーゼが行動原理の根本にあっても不思議じゃない。」

見てきたように物を言う。
コトブキはどうしてか、この声に既視感を覚えた。


「貴女のやっている事は、貴女が憎む奴等とそっくりね。」


コトブキは思わず振り返る。
確認していなかったのは背後だけだったが、そこには誰もいなかった。
幻聴を聞いていたのではないかと、その内容を咀嚼する。

——思い出した。

少女の声の主が誰であったか、一つの考えにたどり着く。
ありえない仮説なのだけれど、それしか思い当たらない。


あの声は、かつての自分だった。


そんな馬鹿な事あるわけがないと自分に言い聞かせながら、
少し行き過ぎた岩道を引き返すことにした。





To Be Continued......

ミックスジュースを飲みながらタルトの追加注文をするシエラ

そう言ってシエラは目を輝かせるが、ドコか遠い目をしているようだ

勿論、向き不向きやできるできないはあるけどな。と、シエラは付け加える