「さて、盗むと宣言したもののどうするかなぁ……。」

盗賊の恰好をしたものの、本気で盗むつもりはさらさらない。
シエラ殿には申し訳ないが、私にだって守りたいものはあるのだ。

「『びいる』を盗むってあれですか？やっぱりエールなんですか？」
「エールはビールの一種だ。一般的にビールと呼ばれるものと発酵方法が違う。
　この世界でもビールの方が多そうだが、どこから調達してこようかね。」

浜辺に向かって歩きながら、首を捻る。
今日は夏休み中だから各地でイベントを開催している筈だが
全部を回ろうとすると身がもたない。

「小僧、この近くでいろいろイベントがある筈だが
　先に少しだけ様子を見てくれはくれまいか？」

私は小僧に話を振る。
こいつの方が服装がいつもと同じなので目立たなさそうだ。

「広報のチラシっぽいものを拾いましたが、結構数がありますよ？」
「場所自体は集中しているから、覗いてくるだけで構わんよ。
　『びいる』のありそうな場所を探そう。」
「この際売店で買ってしまえばいいんじゃないですかね。」

それではつまらないだろう。シエラ殿の意図する所でもないし。
少々不満そうな小僧をなだめつつ、
『1品までならおやつ買っていい』という条件で斥候に出すことにした。

◇◇

暫くヤシの木の木陰で休んでいたが、
白いアイスキャンデーを2本持った小僧が戻ってきた。

「案外早かったな、手に持っているのはホームランバーか。」
「売ってくれた人がそんな名前言ってました！我が君よく御存じですね！！」

異世界の住人は謎の流通路を持ちすぎだろう。
そんな事を考えつつ、渡されたホームランバーを口に頬張る。

「では調査結果を言いますね、えっと……。」

同じくアイスを口にくわえつつ、メモ書きを胸ポケットから取り出した。

「0区5番地ではたんぽぽ荘の人達が屋台とか出していました。
　基本的に健全そうなので、酒類はざっと見ても置いてなかったぽいです。

　71番地ではパレードが行われているみたいですが、
　配っているのは主に特産のシャンパンだった模様。

　2区2番地のお店でも何かやっているようでしたけど、
　見つかるなり怖いお兄さんに追い返されました。

　3区33番地では臨時で服飾店が立っていたようです。
　食べ物とか無理そうですし、若い人多いから我が君は恥をかくかと。

　6区33番地ではなんか皆ゆるく楽しそうにしていました。
　みんな人の事なんてどうでもよさそうでしたし
　わりと何でもありそうでしたから盗むならここじゃないですかね。

　あとは10区9番地ですが、説明は省きます。」

思ったより詳細な報告を聞きつつ、白いアイスの先を噛み砕く。

「その中なら6区33番地だろうな。
　たんぽぽ荘のところは身内の顔が知れ渡っているから溶け込みにくい。
　そういえば臨時団員にたんぽぽ荘の人何人か居たし。」
「気まずさMAXじゃないですかそれ……とりあえず『びいる』を盗ってしまいましょう。」

溶けかけたホームランバーを慌てて食べながら小僧がメモ書きをしまう。
この恰好で溶け込むとかかなり無理くさいが、
多くの人が浜辺にて水着ではしゃいでいる今ならば許される気がした。


◇◇


6区33番地は結構広かった。浜辺があったり屋内用の建物があったり。
ただ、人が多いのに団体はほぼいないという、ある意味斬新な場所でもあった。

それでも一応目立たないように小僧を先に行かせて様子見させる。
浜辺の隅っこで『びいる』が冷やしてあると報告があり、
こっそりとそちらに向かった。

案内された先には確かに、水に浸して冷やされた瓶ビールがあった。
数本あるにも関わらず、誰も見張っている様子はない。

「流石に不用心過ぎやしないか……？」

盗む側がこう思うレベルである。
気配を確認し、慎重にその中の一本を取り出す。

「持っておいてくれ、この桶の底にお金を置いておく。」
「盗むんじゃないんですか？」
「盗むんだよ。そして、うっかりお金を落としただけのことだ。」
「相変わらず律儀ですよねそういうとこ……。」

『びいる』の水滴を袖口で拭きつつ小僧がこぼす。

「マクロ経済でしたっけ？
　『物には正当な対価を払わなければならない、
　　その金が巡り巡って自分の収入となるのだから。』」
「よく覚えていたな、優秀な教え子だ。」

思わず笑みがこぼれる。
そんな私の様子を見て、小僧も満足そうに微笑んだ。


◇◇◇


すっかり誰もいなくなった浜辺に、漣だけが聞こえる。
日も暮れて闇に包まれた、まだ熱気の残る夜である。

アラビアンナイツで軽い打ち上げを済ませた後、
おしまいになりかけたアフタヌーンパレードで
魚のフリッターとか梨のコンポートなどを食べつつここまでやってきた。
ひとけの無い所を選んだせいか、静かなものである。

「これが真夏の夜の夢、ですか。」

ぽつりと小僧が呟く。

「そうだな、泡沫の夢だよ。」

そう言って砂浜に腰を下ろす。小僧も同じようにした。
紙袋の中から、持ち帰ったフリッターを探っていると小僧が口を開く。

「明日からはまた、いつもの戦いなんですよね。」
「そうだな。ここ数日で戦いに嫌気がさしたか？」
「いいえ、僕はいつでもやる気はありますよ。
　ただ……僕は、ちゃんと『召喚者』を全うしていますよね？」

声がいささか震えている。

「エンブリオと契約しているのは僕ですよね？
　戦闘前にエンブリオを召喚しているのも僕ですよね？
　エンブリオ無しだと我が君、戦えませんよね？」

体内の淀みを吐き出すように話を続ける。

「戦場に直接立つことだけが戦いじゃありませんよね？
　自分が傷つかなくてもそれは、裏切りじゃありませんよね？」

脳裏に先日やらかした私の無様な姿がよみがえる。
大体において私には苦い経験だったが、
自分の代理者が自分自身を撃つ現状を小僧はどんな気持ちで見ていただろう。
何か叫ばれていた気がするが、思い出す前に私は先に進もうとしていた。

「……僕は、我が君の役に立っていますよね……？」

すがるように尋ねられる。滴が頬をつたって落ちた。

「ジャンポールさんもシエラさんも、僕に頑張れと言います。
　我が君に負けないように、しっかりと実績を残せと。
　僕は頑張れていますか？我が君は僕を誇れますか？」

ジャンポール殿とシエラ殿にはよく話し相手になってもらっている。
二人とも、この戦線を勝ち抜く武勇の者だ。
なるほど、前日の叱咤激励を気にしていたのか。

「始めに言っておくが、本当に見込みの無い者に期待はしない。
　何かをアドバイスするのは、そいつに可能性があるからだ。」

少し言葉を切って、私は続ける。

「ジャンポール殿は、お前にしっかりしろと言った。
　シエラ殿は、人を羨むくらいなら自分で動けと言った。
　本当に駄目だと思ったら口にはしないよ、無駄だからな。」

本当に見込みのない者には、適当に浅い話しかしないものだ。

「私達の場合は、私が直接的な戦闘を
　お前がエンブリオの契約と管理、召喚を完全に分担している。
　全て一人でやっているだろう二人からして見れば、
　私など半端者と思われているかもしれないが、自分を否定しようとは思わない。
　思惑が外れる事はよくあるが、大きな戦略としては上手くいっている方だしな。」

この2000人を超える一揆のうち、全てが全て勝ち残っているわけじゃない。
敗北する者はありふれているし、脱落しかかっている者もいると聞く。
例え一人の負担は半分でも、大事なのは勝ち残る事だ。


「お前が居なければ、とっくに私は戦場の塵と化していた。
　何を不安がる事がある、お前は立派な『召喚者』ではないか。」


小僧が堰をきったように嗚咽を上げた。
自分で志したとしてもまだ13歳だ。心理面ではまだまだ揺れる所がある。
伸びしろは沢山あるのだから、思う存分悩み、考えればいい。
甘やかすつもりは毛頭ないが、挫折しかかった時に助言くらいは出してやる。

私もそうやって自分の生き方を決めた。丁度小僧と同じくらいの歳だったか。

小僧の背中をさすりながら、そう私は考える。
少し涼しげな風が首筋を薙ぎ、夏の終わりを告げていた。



To Be Continued......





※『SummerVacation』に参加しております。イベントの関係で前回の日記とゆるく繋がっています。
※今回話のネタにさせて頂いた方々：
　コミュ（敬称略）：5　202　71　333　633　1009
　PC：ジャンポール（522）さん、シエラ（1009）さん

ありがとうございました！

アムルィは無表情でアリクイさんを振り回している．

アムルィはアリクイさんの可愛いお手々をインク瓶に突っ込むと徐に紙にアリクイさんを転がし始めた．

紙はアリクイさんの手の跡で満たされた．

（左手の手袋を取り、手の甲の紋章を掲げる）

（左手の手袋を取り、手の甲の紋章を掲げる）

と書かれたボードをもったままぺこりとあたまをさげました。