「私はアンタに最強を期待していない、それよりも最後までこの一揆に参加してくれる事が望みだ。」

　メルンテーゼへの同行が決まった直後、イシカリがオレに向かって言い放った言葉だ。
その言葉は本心なのだろう。
実際に、オレはこのメルンテーゼにおいて数度敗北を経験し、また幾つもの失敗を重ねている。
最強…そんな言葉とは縁遠い人間だ。
その事実はこの一揆において共に旅する仲間達、そしてイシカリには既に十分に伝わっているだろう、そんな確信もある。
だが…。

「決して、勝利を求めていない訳でもなく、負けても良いと思っている訳でもない…ッ。」

　槍の素振りをしながら、自分自身の今までの行動を振り返る。
出身世界を追放された先、否定の世界"アンジニティ"においても、そしてアンジニティ脱出後の幾つかの世界でも…このメルンテーゼでも、自分は今まで勝利を目指してきた。
それを疑う余地は無かった。

「…しかし、オレは最強では無い。」

　振り下ろした槍の刃先を見据えつつ、その事実を改めて考えなおす。
自分が勝利する事と、最強であること、その二つは必ずしも一致するものではないし、その必要もない。
頭の中でこれまで幾度も自問し、導きだされた解答だ。

「これは言い訳…なのだろうか？」

　自問自答した解答を、自分自身の敗北に対する言い訳にはしていないだろうか？
何時の間にか、オレ自身は"最強では無い＝敗北しても良い"という心構えになっていないだろうか？

「………。」

　その自問への答えを思いつかぬまま数分が経過した。
何とも愚かしい姿かもしれない。
言い訳であると、他人が言うのならば、オレはただ頷くだけである。その答えを否定は出来まい。
「勝利」と「敗北」…この世を0と1の二つの数字で表せるのならば、このオレとて迷いはしないだろう。
それでも……。

「迷いか…。」

　ふと、先日のドゥバドとの会話を思い出した。
オレは迷いが無い人間であると、そんな事を口にしたものだった。
しかし、その言葉は何処へやら、今のオレは迷いを抱いている。

「もっとも、比べようもなく小さな迷いだがな。」

　一揆の当事者…メルンテーゼの住民であり、王側に対し並々ならぬ敵意を抱き、一揆が終った後の事まで考えて迷う彼女とは比べようもない、迷いの大きさだろう。
同じ迷いでも、その大きさの違いに思わず自嘲の笑いが出る。

「…何を笑っているんだい？」

　突然、背後から聴き慣れた声がした。
振り向けば、手に饅頭を持ちながらイシカリが立っていた。

「その饅頭……オマエも"韮の市"とやらに出かけたのか？」

「ああ、中々いけるな。
　…どうした、怖い顔をして。残念ながら、これが最後の一個だからアンタにはやれんよ。」

「饅頭はどうでも良い。
　それよりも、オマエはこの世界に来る前に言ったな？ オレに最強を期待しないと…。」

　オレの言葉にイシカリは少し考え込む様子を見せた。

「そんなような事は言ったかもしれんな。
　…そして、今でも私は同じことを言うだろうよ。アンタは最強にはなれないと。
　良い処まで行くセンスは感じるが、最強には届かず…負けるだろう、とね。
　その理由を知りたいかい？」

「…いや、薄々は想像できるし、オマエの見解が正しいとも思っていない。
　ただ、オマエはオレに最強を期待しないし、新王を討つことも期待していない、そうだな？」

「ああ、そうだ。以前言ったように、そこそこの働きをしてくれることを見込んでいる。
　その点では十分に期待に応えてくれているよ。それは誓って言えるさ。」

「…そうか、なら良い。」

　オレはイシカリに背を向けると、その場を後にした。
前に進まねばならない。オレがオレである為に。

暫し目を閉じて記憶を思い返しつつ

　ぱぱっと上着を脱ぎ、何か気合をいれたようだ。

　
　　　　　　やらかしたなぁ、と言った具合に額に手を当てると、苦笑交じりに切り出した。　

　
　　　　　　ただまあ・・・と、少し考えを巡らせる。　

　
　　　　　　　　

　
　　　　　　寂しそうに、笑う。　

ペコリと一礼し、荷物をまとめ始めた。
特に呼び止められなければ、そのまま立ち去るつもりなのであろう。