戦意をなくしたらしい、大理石の青年の横をすり抜ける。

「……………」

見上げる。赤いドレスの少女を大事そうに抱きかかえ、寄せた眉根には悔恨と無念がにじむ。

「あの……」

言いかけて、やめた。
何をどう言おうと、今の己は彼らの望みを打ち砕いた賊でしかない。
でも、でも。
ちくりちくりと痛む胸をぎゅっと握り締める。
王の側、一揆の側。
互いを分ける陣営が、まるで鎖のようにも思えてくる。

この鎖がなければ、刃を交える前に言葉を交わすことも出来たのだろうか。
彼らの望み、それが何かを尋ねて、微力でも手を貸すことができたのだろうか。
……共に、この廊下を歩くことも。

「…………ミリャナ〜？」

小さく小さく、呼ばわった。
なるべく、彼らに聞こえないように。
飛び出てきたチョコレート色の光に、そっとお願いをする。
かつてはここに暮らしていたミリャナなら、きっと彼らも厭わぬだろうと、そんなわずかな希望と共に。

甘い香りが漂った。
彼らの痛みが、少しは引いていると良いのだが。

だだっ広い廊下を、緩慢に歩きながら見回している。

しばらくあやされるままにじっとして。
しびれはリズムに合わせながら大きくなったり小さくなったりしつつ、やがてほとんど感じないほどに小さくなる。

泣き笑いの支離滅裂な発言をしながら再び胸に顔をうずめる……。
整理しきれない感情をもてあますままヤドランカにその身を預けて甘える。
ややあってから少しすっきりとした顔をして離れた……。

歌うように呟いて、羽根ペンを持った右手を伸べる。
羽根ペンに宿った光のひとつが飛び出して、くるくると回り始めた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。
回るたび、辺りの温度が下がっていく。
吐く息が白くなる。ちらちらと、白いものが落ちてくる。
星まで凍らせるような冷たい風が、サッと下から上へと吹き上げた。
目を開けると、いつから立っていたのだろう。
そこには、白い肌、赤い反物を携えた女がいた。

相手と己の分のふたつの果実を示して、笑った。

きらきらと、織り込まれた水晶の欠片が、微かに輝いている。
もちろん、触っても痛かったり刺さったりはしない。