追いながらも、考える。
どうしよう、彼に、いちど戻りたいと伝えるべきか。

鷹揚な彼のことだ、あっさりと「いいよ」と容れてくれるだろう。
だが、それで戻って、果たして良いものか。
今の状態で戻っても、長老たちの満足のいく答えは返せぬだろう。
それなら、行き帰りに使う時間を、進攻に使う方が良いのではないか。

……だが、いちど戻りたい理由は、長老たちだけでなくて己にもある。

会いたい人がいるのだ。会って、話を聞きたい人が。
けれど、その間にも。
後ろではなく前に歩き続けていれば、一日でも早く王にたどり着くことが出来るかもしれない。
人の気配のない大廊下。
まぶされた異形の装飾。
ようやく慣れつつある足下の靴。

「……ねえ、エンバーさ……ッ！」

どん、とぶつかったものは滑らかで白くて——硬かった。

「えっ？　ええっ？　え〜っ？」

鼻を押さえて見上げた先にいたのは、大理石の青年と薔薇色のドレスの少女。

「えっ、あの〜　なあに？
あなたたちも、兵士さんなの〜？」

まくし立てる少女の勢いに圧されまいと踏ん張って問いかける。
無意識に、たまご色の羽毛がぷわわ、と膨らんだ。

「あのね、落ち着いて頂戴な〜
わたしたち、王様に危害を加えるつもりはないの〜
ただ、お話を聞いて欲しいだけなのよ〜
だから、ね、お話しましょう？
望みがおありなの？　わたしたちで出来ることなら、お手伝いするわ〜」

気楽な口ぶりで笑ってみせる。
おでこの痛いのなんて、戦闘を終えた安堵ですっかりと忘れていた。
自然と彼と笑い合う形になる。
ほめられたヴェダも、嬉しかったのだろう。しなりと彼の傍に寄り、その腕に巻きつこうと——

パタパタと手でエンブリオをふり払おうとする。
が、まだ実体化できないヴェダをすり抜けて、手は空振りする。

ふくれっ面で呪文をつむぐ。
ヴェダはさらさらと衣擦れのような鱗の音が聞こえそうなしなやかな動きで彼の傷口をひと撫で。
水に溶かしたように、傷が消えていく。
それを喜びつつも、ヴェダの悪戯にまだ膨れたままだった少女は、
何気ない彼の言葉にハッと顔を上げた。

大理石で出来た青年を、怪訝そうな顔で眺めている。

歌うように呟いて、羽根ペンを持った右手を伸べる。
羽根ペンに宿った光のひとつが飛び出して、くるくると回り始めた。

鞄から飛び出してきたエンブリオが、くるくると回る。
回る。
回る。
２人の周りをひと回りするたび、翠の風のように透き通ったその姿が、少しずつ伸びてくる。
まるで影のように、長く、長く。
風が吹き上がる。
髪を揺らす。
ケープが巻き上がる。
たまご色の羽毛があたりに散った。
２人に並ぶように、いつの間にか並ぶ影があった。