「……ふぅ、スッキリしたスッキリした！」
「まぁそっちにも礼を言っておこう。小童にしては良い良い」

そんな上辺だけの言葉を掛けて歩き去るべルフィの背中には、イリス達の視線が突き刺さっていた。
それもそうだ。あれは自分の獲物だと主張しておいて、何もせずに帰っているのだから。

「……何だったんだ、あの娘？」
「知らなーい。出てくるだけ出てきて何もしてないじゃない。かっこつけ？　ちゅーにびょー？」
「うぐっ……」

これみよがしに聞こえる自分への侮蔑がやけに突き刺さる。
今すぐにでも引き返して縊り殺してやりたいが、今の自分にその力すら無い事にべルフィは肩を落とした。

「バカッ、失礼なこというな！　聞こえたらどうすんだ！」
「いーじゃない、愛しい従者の行方を追って静かに燃えてたイリスの邪魔した罰よまったく。弾込めに途方もなく時間掛かる大砲なんてナンセンスもいいとこよ。帰れ帰れ！」
「おまえなぁ……」

「うぐぐぐぐ……！」

ばしゃん、ばしゃん。流れる水を叩きつけるように踏みしめれば、あちこちに飛沫が散った。

「イーリスっ。バッチリじゃない、やっぱりイリスはとっても強い！」

——ぷちんっ。

「うっがぁぁぁぁぁぁぁあのクソガキィャァァァァァ！！！」

謎の魔女べルフィ。
彼女が再びイリス達の前に現れ雪辱を果たすか、それはまだ誰も知らない……。



帝王イカを退けテリトリーを脱出したイリス達は、その先に設けられていた青空市場へとたどり着いていた。
西側には高い城壁が聳えるここは商人いわく、城内からの脱出を計った時に出てくる地点なのだそうだ。
戦い破れ、あるいは戦術的撤退を選び此方にこぼれ落ちてくる一揆参戦者相手の商売をするにはうってつけというわけなのだろう。
何時の時代も商人はたくましかった。

「結構人がいるねー。……あ。城壁から落っこちてきた。あ、また！」

一方通行の帰り道である城壁滑りをしながら盛大に水の中に飛沫を上げて落ちていく冒険者の姿はわりと引っ切り無しだ。
既にかなりの人数が親王パラダイスの住居へと侵入を果たしているらしい。

「この分なら、この戦いも案外速く終わるかもしれない」
「どうせならいいとこぐらいは掻っ攫いたいね」

露店で買ってきた果物をかじりつつ、マオ、ロイ、アエレアの三人は腰を下ろして、冒険者の城壁滑り落ちの光景をのんびりと眺めていた。
マオの傍らにはお手製の看板が立っている。

【アリストクラット・シャット＝ブランシュ様を探しています】

一人で従者を探しに行ったイリスへの、せめてもの手助けだった。




静謐な水辺のほとり。
流れるかたち、色、さまざまな人やそうでないものが行き、あるいは来てはそのままに。
商人たちの声も、ここまでは届かない。
戦い傷つき、身を休めたい人間たちばかりが寄り集う場所は、人の往来こそあるものの静かなものだった。

「……」

その名を呼んで探したい気持ちを押さえつけ、イリスはひたすら歩きまわった。
寝転んだ人、亞人、動物、生物ですら無い何か。
見落としがないよう抜け目なく視線を巡らせ、探し求める人物の姿を求める。
自分の従者は必ずここにいる。イリスにはそう確信めいた予感があった。
家族以上に長い時間を共に過ごしたからこそどのような場面で、どのように心が動き、思考を巡らせ選択をするか、イリスにはある程度見当がつくのだった。
勿論それは逆もしかりで、このような状況で、どのような場所にいればイリスが見つけてくれるか、従者はきっと解っている。

「（……きっと、ここに）」

ほとりの休息地にも終わりが見え、イリスの顔に焦りが浮かぶ。
勘が間違っている。読みを違えている、そんな思いが幾度も胸の内に湧き上がっては身を焦がす。

「（絶対、絶対にいるの。間違ってなんかない）」

ほとりの端、イリスの視界に映る粗末なテントは残すところ、あと４つ。
一つ一つ、過ぎていく度に足取りが重たくなる。

「（お願い……）」

あと、２つ。

「……！」

ポシェットの中から懐中時計を取り出して、握りしめた。
祈るように、すがるように胸の内に抱いて目を閉じる。
水と小鳥の声ばかりの周囲に、どれだけそうしていただろう。
地面を静かに踏みしめる音が響いて、イリスは慌てて目を開いた。

「——！」

その瞬間、目前をすっと通り過ぎた白いシルエット。
踏みしめる音は、一旦止んでこちらへと向き直ったのがイリスにも解った。
近づいてくる。

「——どうなさいましたか、ご主人様」
「……！！！」

背中越しに掛けられたその声は、互いの間に開けられた空白の時間などまるで最初からなかったかのように、いつものようにイリスの耳へと届いた。
探し求めた存在が、自分のすぐ後ろにいる。じわりと眼の奥が熱を持つ。
それでもイリスは小さく頭を振って、その熱を紛らわして、そして背の声に対してもなんでもないようにと振る舞った。

「……いい、え。なんでもないわ」

ゆっくりと振り向けば、そこには。

「なんでもないの……アリス」

目尻に浮かんだ涙こそ隠せなかったけれど、イリスは空白の時間など一つも感じさせないように、“いつものように”従者、アリスに振る舞ってみせたのだった。

以前の彼女を思い出しながらそう答え

イリスが去った後にボソリと呟き、飴造の所へと戻って行った

ポリポリ頬をかいてはにかんだような笑顔を見せます。
ちょっと照れてるのかもしれません。

イリスの好きという言葉を聞けば、真っ赤になって慌ててます。

胸を張るシェリナを見れば、クスリと微笑んで。

利き手を差し出し、ぎゅっと、太陽のようにぽかぽかな掌で握ってくる金狐であった。

話からして、どうやら料理を主に学んでいるようだ。嗅覚を軽く集中させてみれば、ヒメのほうからほんのり甘い香りが漂ってくる。…お菓子？