「ちょおおぉぉっと待ったあああぁぁぁッ！！」
「……今度は何！？」

一触即発、マオがまさに口火を切ろうとした瞬間は、続いて響いた少女の声に狂わされた。
声はイリス達の頭上から響き、そして——。

ズゥゥゥン・・・・・ッ！！

背を向かい合わせそれぞれ対峙するイリス達４人のちょうど中央へ、ものすごい音を立てて何かが着地する。
土埃が舞い、思わず皆が顔をしかめた。

「おうおう小童共ッ！！　我が名は魔神ベルフィ！　こいつぁあたし様の獲物だよッ！！」

視界が晴れ果たしてそこに立っていたのは、その声に相応しい小柄な少女だ。
乱れた長い金髪に紫の瞳、魔女を連想させる帽子と黒のワンピースを身につけている。
その紫色の瞳は今、怒りに燃えているのが誰の目にも明らかだった。
視線の先は、やはり帝王イカだ。

「あたし様の秘密のネクターゾーンを荒らしおった……」

ベルフィと名乗った少女は、帝王イカを１匹ずつじっくりと睨め回し。

「この魔神ベルフィ様の眠りを妨げた罪もある……」

その手中に力を集わせ。

「よって……」

——瞬間、大気が震えた。

「くたばれこのゲソ野郎おぉぉッ！！！　４匹まとめて丸焼きにしてやるァ！！！」

「ッ……！？」

ただならぬ力がこの小さな少女に宿っている。ただ、その爆発にはかなりの時間が必要なこともイリスは本能的に察した。

「エネミーじゃないならいいや。仕切りなおしだ。ちゃっちゃと片付けよう」
「あたしの獲物だって言ったのが聞こえてねェのか幻想生物ッ！　引っ込んでろァ！」
「仕留めたきゃこっちより速く撃ってみな。いきなりしゃしゃり出てきてなんて物言いだ」

おそらく彼女の力の発動を待つだけの時間は、此方の被害が広がるだけ。
アエレアは暗にそう仲間たちへと伝えていた。
それでなくとも——。

「悪いけれどアエレアと同意見よ。獲物を主張するならあたし達より速く動いて仕留めなさい。時間稼ぎの駒に使われる気は誰にも無いわ」

今はイリスにとって一刻を争う時なのだ。
悠長にこの尊大な少女の言う事を聞けるはずもない。

「こんの……！」

「ギュオオオオアアアアアアアアアアアァァァァアアアアアアアアァァァァァァァッ！！！」

「——来るわよ」

悪態をつきかけたベルフィの口が悔しげに閉じられる。
帝王イカの怒りの堤防はついに決壊し、否応なしに戦いの火蓋が切って落とされる——！

元気そうな様子にほっと安堵の溜息をつき。
突然の成長について尋ねられると、少し苦笑気味に。

すぐに認識してもらえたのにほっとしつつ、前よりも少し高くなった視線から新鮮な気持ちで彼女の顔を見つめ返す。

言うと驚きとまどっている様子のイリスに、悪戯っぽい笑みを浮かべる。
そして真剣な面持ちで変わらぬ空色の瞳でまっすぐにイリスの瞳を見つめ。

ふと思い出したように言うと持っていた荷物をごそごそと漁り、ジンジャーマンクッキーの入った袋と、白いふわふわのファーのついた赤いミトンを取り出し。

と、最後は冗談めいた口調で言って笑う。

＞アエレアのこと

…そうは言うが、そんな理由でいいのだろうか。
そもそも、本気で言っているのかどうか。その表情からは読み取れない。

＞エンブリオと生死感？

その部分にちょっと反応を示し…

シェリナの一言は、何かを思い直す切欠となったようだ。

帝王イカの亡骸に静かに祈りを捧げ、イリスは仲間の様子を伺った。

全員乗り切ったようだ。

心なしか遠ざかるベルフィの足取りが乱暴なものになっているようにも見えた……。