散々な日だった。
　とっくに日は暮れて、辺りは夕暮れ一色だ。
　目が覚めて、一番最初に僕の顔を覗き込んでいるのがネザーなのもいつも同じ。

　起きてすぐに自分がどういう状態なのか把握するのは、こういう生活をしているとけっこう大事な技能だと思う。

　追われて、逃げて、森へ駆け込んだ。
　地理がないのは不味いと思って、男爵の屋敷の方へ向かって逃げたんだ。
　森の中は一揆で散々、歩かされていたし、男爵の屋敷の周りなら土地勘もある。逃げ切れると思った。
　でも、僕が相手にしたやつらはとんでもない化け物だった。
　追いかけられて、回り込まれて、挟み撃ちにされて逃げるルートを操作されて、とにかくひどい逃避行だった。
　数秒、振り切った瞬間に慌ててネザーの口に飛び込んだのだ。
　落ち着いた今になって思うけど、あんなのは村人の動きじゃない。軍隊だ。

　慌てて飛び込んだけど、ちゃんと希望通り元通り王城の中に戻ってこられたみたいでホッとした。

　あれは何だったんだろう、西方領は、男爵領はいつからあんな頭のおかしい土地になってしまったんだ？
　それとも、僕が知らなかっただけで、ニューロの村と男爵の屋敷しか知らなかっただけで、西方領っていうのは元からあんな狂った土地だったのか？

　面倒くさくて、思考放棄してもう二度とあんな土地に近づいてやるもんかって言いたかった。
　いつもなら絶対にそれで済ましてたと思う、他のことなら絶対にここで終わってたと思う。

　それじゃあ、なんで男爵は僕に教育を施したんだろう。
　どうしてみんな、僕に考えろ、答えて見せろって言うみたいに質問をしたんだろう。
　何も知らないで、何も考えないで訳も分からない内に殺されるためか？
　多分、それは違うんじゃないかなって最近、思うようになってきた。

　絶対に普通じゃない事態だったと思う。
　何がどうなったらあんなことが起こるのか、まるで想像がつかない。
　たとえばそう、誰かがあの村の人をまとめて操っているとか、それくらいのことがないと成立しないような……。

　物事には、理屈がある。
　理屈があるっていうのは、原因があるから結果が生まれる、ってこと。
　例えばの話、だ。
　雀の群れが水辺から一斉に飛んでいくのは、巨大イカとベルフィから逃げていたから。
　ヴェルトが限られた状況でしか現れないのは、血を引き金にネザーシャドーがどこかと通信をしているから。
　ニューロが村ごと、迫害を受けているのはジーサマ（正確にはヴェルト）がウィンターミュートを男爵領の土地に封印したから。
　男爵領の人たちが、突然、おかしくなるような原因があるとしたら、

　僕は一つだけ、もしかしたら、それに近いことが出来るかもしれない心当たりを一つだけ、知っている。
　ウィンターミュートに対抗するため、指揮を取られていた兵士たちの顔を覚えてる。

余りにも溌剌とした拒絶の姿勢に、思わず面食らって言葉も澱み。

続くノエルの言葉に対しても、特段否定する様子も無く。

ピンと来てはいなさそうな口振りで、ノエルの言った言葉を繰り返す。

それでもどこか愉快げな色を滲ませているようだった。
ノエルを見る。

まるで他人事のようにケラケラ笑っている。

嬉しそうに微笑んでいる。

もう会計を済ませてきたようで、いつでも出ることができそうだ。