赤く舞う花びらが美しかった。

宙をたゆたう、鮮やかな　あか　。

ああ…あの時と同じだ

いや…あの時とは違う


雨の降る湿った空に舞う　あか　

それは ———





*************




今年は稀にみる不作の年で、森からやって来る獣がよく畑を荒らしていた。
彼らも腹を空かせているのだろうが、しかし哀れんでばかりもいられない。
村人はこぞって畑に罠を仕掛けたり、あるいは寝ずの番をして作物を守った。

生きるために、みんな必死で

でもその行為が、あんな悲劇を生むなんて
私達は誰一人考えもつかなかった。


—— 子供が襲われた。


助けを求める声を聞いたのは、ひどく寒い晩秋の黄昏時。
時期にはまだ早い雪混じりの雨が降っていて、暇を持て余していた私は、何の気なしに外を眺めていた。
窓から見える畑道を、慌てた様子で駆けてくる女性の姿はボロボロで
その様子に、私は急いで彼女の元へ向かった。

近づいて見ると、女性は近所に住む母親だった。
取り乱している彼女の肩を掴み、何があったのかと尋ねる。

「ア、アデルちゃん…むすこが！……む、むす　こ　　　が……」

しんでしまう…。

最後に搾り出すように漏れた言葉。
途端、私は弾かれるように家へ駆け込むと、伯母の部屋にある剣を掴んで外へと向かう。
部屋を出る際、伯母が何かを言った気がしたが、何も耳に入らなかった。

助けなきゃ

その思いだけで、畑道を母親がやってきた方面へとただ走った。
雨が激しさを増していく。
寒さで足がもつれ、ぬかるんだ道に足をとられ、
幾度と転びそうになりながらたどり着いた場所で、大きな影がゴソゴソと動いていた。

目をすがめジッと影を見つめる。
暗闇に目が慣れるにつれ、徐々に見え出した姿は、大きな狼のものだった。

…１匹なら戦える。

目だけで辺りを見回すと、どうやら仲間はいないらしい。
携えた剣を鞘からゆっくりと抜き、確りと握り締める。
初めて握る本物の剣は、握りなれていないせいもあるのだろう、とても重かった。

しかし、子供はどこにいるのだろう。
できれば戦わず、彼を助けるだけで済ませたいものなのだけれど。
息を整えながら慎重に辺りを見回すが、それらしき影は見当たらない。
そうして、ふっと狼へ視線を向けたとき、私は気がついてしまった。
その獣が、なにを食べているのかを。


「ひ…っ」


よく笑う、小さな男の子だったんだ。
私の指を握る手がとても小さくて…いなくなった弟を、その子に見ていたこともある。






頭が真っ白になり、それ以上何も考えられなくなった。
自然と構えが解け、顔が、腕が徐々に下がる。
どれくらいそうしていたのだろう。
激しく土を叩く雨の音の合間、バシャリと泥を踏む音が聞こえ、私はぼんやりと顔を上げた。

そこにあったのは闇に浮かぶ２つの光。

サッと血の気が引くのを感じる。
戦いの場では一瞬の隙が命取りだと、そう教えられていたはずなのに…。
思わず息を呑むと、私はゆっくりと剣を構えなおした。

ぼんやりと辺りを眺めている。

なんとなく、ふんぞり返っているような気がしなくもない。

その時は、手柔らかにな。
男は苦い笑みを浮かべた。

しばし呆然としながらも、とらえた魚があげる水しぶきにハッとし・・・

隣のブチも嬉しそうにぴくぴく鼻を動かしている

そっと魚をアデルへ差し出しながら

ブチもこくこくと頷いている・・・

バササ———

ひとしきり空を飛んでから元いた場所に降り立ち、アデルを下す。

※節分の掛け声ではありません。

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