夜も更けて静かなタンポポ荘の一角、工房【Windstille】はその日、普段の消灯時刻を過ぎても煌々と灯りをつけたままだった。
事務用に誂えた質素な木の机の上に置かれた『ネクタードライバー』を挟むように、ヴァルトは椅子に腰掛け、フランメはベッドに落ち着いている。

「さて、今日一日色々試して解った事をまとめました。」

眠たげなフランメへと向けてヴァルトは人差し指を伸ばす。

「今、はっきりと言えるのは……この状態のままでは、我々には扱える代物ではない、ということです。」

くぁ、と仔鼬は欠伸を漏らす。ンな事は昼間散々やらかしたろォがよ、と悪態まで吐く始末だ。

見れば工房内にところどころ焼け焦げた形跡が伺える。


〜時を遡ること12時間前〜



「さて、それでは変身……よりも動作実験です。動かなければバラして故障を見つけましょう。」

「動いたらどうすンだ？」

「その時はバラして原理を調べます！」

「どのみち解体すンだな。……まア、やってみっか。大将、」

「ええと、まずはネクタードライバーを腰に……」

腰にベルトを装着したヴァルトは、そのまま手にE-タブレットを————

「……あれ？」

「どウしたってンだよ、大将。」

「フランメ……E-タブレット知りませんか？……ベルトと一緒に、」

「あれなら、ウンディーネが持ってどッか行ったゼ。」

「うんちゃんが！？どうするんですか、あれが無いと変身出来ないですよ、多分……」

目に見えて落ち込むヴァルトを尻目に、フランメは渋々といった様子で彼の肩に飛び乗る。
その衝撃に顔を上げたヴァルトをひと睨みして、フランメは告げた。

「だったらよォ、俺の魔力を直接注ぎ込んでみたらどうだ？それが出来たら俺さえ居りゃア変身出来ンだろ？」

「なるほど！　名案ですねフランメ、早速やってみましょう！」


フランメを肩に乗せたまま、意識を集中させる。それと同時にフランメが焔を模した魔力をネクタードライバーへと注ぎ込み始めた。
魔力を注がれたドライバーは変換を開始し、仕様通りにバックルを花の形に展開させ……

「あン？」

「おや？」

直後、ドライバーから魔力が噴出し物の見事に爆炎を巻き起こした。



〜時は進んで現在〜


「どうやら、E-タブレットはエンブリオの魔力媒介としての機能だけではなく、制御装置や増幅装置としての役割も果たしているようですね。」

「あア、あの後部屋の掃除が大変だったな……結局ウンディーネは帰って来ねエしヨ。」

「多分、友達の家にでも行っているのでしょう。」

部屋を掃除し、軽い反省会を終えて今の時間。それほど魔力の暴走は凄まじく、同時にE-タブレットの重要さを思い知ったヴァルトであった。
ぶっちゃけ、定期入れモドキと侮っていた節が無いわけでもない。だが、謝るべきE-タブレットは現在行方不明である。

「まあ、こうなってしまった以上……E-タブレットを用いない、別の魔力媒体を用意する必要がありまして。」

「あア。」

「そもそも、別の媒体を用意してもこのドライバーに対応するかは未知ですし……。」

「そウだナ。」

「そうなると致し方ないので、まずはネクタードライバーの方をを改造しましょう。」

「やっぱり行き着く先はソレか！！」

普段よりも幼稚な笑みを浮かべて工具を漁り始めるヴァルトを尻目に、いよいよフランメはベッドの上で丸くなった。
上手く行ったら起こせ、と言わんばかりであるが、それがこのエンブリオの常なのかヴァルトは気にする素振りすら見せずにネクタードライバーを分解し始めた。



——朝。


「……でっきましたー！！　出来ましたよ、フランメ！今度は巧く行きそうです！」

分解して、仕組みを理解し、組み直して試行、再び分解、足りない材料を補完しに出かけたりしつつ作業を続けること四半日。
夜通しの作業だったにも関わらず、一切の疲労を感じさせない声が工房内に谺する。流石に工房という立場上、防音性には富んでいるのだろうが、それでも朝に出す声量ではなかった。

「ンだよ、うっせエな……って、その腰に着けてるソレは何だァ！？」

フランメが驚いたのも無理はない、本来植物の花を模ったネクタードライバーは鍛冶屋の手により見事な変貌を遂げていた。
その形は、正しく「工房」。花弁状のパーツを全て取り払われたバックルの中央上部に形作られた溶練炉にその真下に備えられた金床。
そして、

「なンでハンマー付けてんだよ……」

フランメの指摘通り、向かってバックルの左側、ヴァルトの右腰に金槌を模したデバイスが括られていた。
どうみても元のネクタードライバーには無かったものである。一体どこから持ってきたのだろう。

「そういう細かい事はいいんです、ほらほら説明も兼ねて手頃なローバルを探しますよ！」

「うあッ！おいコラ、尻尾を掴むンじゃ……オイ！！」



苛立つフランメを連れ出し、向かった先は近場の林道。手頃なローバル、とは言ったものの特に目処も付けてなかった様子のヴァルトを他所に、フランメは警戒した様子で鋭く木立の中を睨みつけた。

「オイ、居るのは分かってンだ。出てきやがれ。」

フランメの威嚇に反応したのか、それとも同時に漏れ出た魔力に反応したのか、木の陰から一体の成体ローバルが姿を現す。
植物的なフォルム、特に食虫植物を模したであろうその姿は、

「あいつ……シュリーカーローバル！？」

「中々厄介な奴を取り込みやがったな……オイ大将、行けんのか！？」

「奴には少々嫌な思い出がありますが……相手にとって不足なし、ですね。行きます！フランメ、昨夜と同じように魔力の供給を！」

こちらの様子を伺うローバルを前に、ヴァルトはベルトを装着し、ハンマーを手に取る。
同時にフランメが送る魔力に呼応し、ドライバーの溶練炉が真紅に染まった。今度は暴走する様子は———無い。

『-Driver On!-』

機械音声が響く中、溶練炉に溜まった魔力が金床へと流れ込み、六角形の塊へと変わっていく。
ヴァルトは手にしたデバイスを手の中で一回転させ、

「では、シュミットドライバー……変身ッ！」

手にしたハンマーデバイスで力強く魔力塊を叩いた。

『-Schmieden!-』

刺激を加えられた魔力塊は強く輝き、強化外骨格へと姿を変える。

『-Flamme!-』

「——上手く行きましたね。さあ覚悟してください、ローバル！」

舌打ちを、一つ。
あまり身なりには頓着しないし、弱そうだと侮ってくれるなら正面からぶち殺すまでだが。
敵でもない相手に、そういう事を言う訳にもいかず。

そう、一言呟いた。

　心揺らぐ不安げな表情で、上目づかいに覗き込むように尋ねた。

　水精霊の他愛もない話も楽しそうに聞いて、ちゃんと返事をする。
　子供との会話は馴れているようだった。

　からかい気味に話しながら。

指をポキポキと鳴らしている

落ち込む。