オリフィア王女の誕生日は、国を挙げて盛大に開かれた。
　開放された城の庭園には屋台や露店が立ち並び、美味しそうな匂いが場内にも漂ってきた。
　オリフィア王女は、薔薇を象ったお気に入りのドレスを身に纏って、お祝いに来てくれた人達一人一人に挨拶を交わしに向かった。
　オルタンシアもオリフィア王女に勧められて、リボンの付いたフリルの綺羅びやかなドレスを身に纏っていたが、裾を何度も踏みそうになりかえって身動きができなくなっていた。
　オリフィア王女がひと通り挨拶を終えて、屋台や露店から貰ってきた食べ物や小物を抱えながら戻ってくると、オルタンシアを城の中庭のテラスへと誘った。
　
「今日から成人になられるのですね。おめでとうございます、オリフィア様。」
「あはー。ありがとう、オルタンシア。自覚はまだ出来ていませんが、一人前の大人として恥ずかしくないような振る舞いを心掛けますね。」

　オリフィアが、屋台で貰った焼き串を上手にフォークとナイフで切り分ける姿に、オルタンシアはじわじわと笑いがこみ上げてきた。

「ふふ、焼串をそうやって食べる人を私は初めて見ました。それは直接串を持って食べていいんですよ。」
「えっ、こんなに大きいお肉、一口では食べられませんから。オルタンシアは一口で食べてしまうんですか？」

　オリフィアの驚く姿に、オルタンシアは何を言っているんだと呆けた顔になった。
　
「私も流石に一口では食べられません。ああ、意味が分かりました。食べ物に歯形を付けてはいけないということですか。流石オリフィア様、作法を躾けられているのですね。」

　野営でご飯食べる時、貴族の人達はどんな風に食事を取るのだろう。
　やはり、大きなテントを張ってテーブルで優雅に食事をするのだろうか。
　想像するだけでもシュールで、オルタンシアは思わず吹き出し笑いをしてしまった。

「もう、オルタンシアったら。それはあまり褒めていませんよね？わたくしだって、周りを見習って、同じように食事を取りますよ。郷に入れば郷に従えですから。」

　頬を膨らませて抗議をするオリフィアに、オルタンシアは頷きながらフォークで切り分けた串肉を口元へ運んだ。

「私もお城で暮らすようになってから、食事の作法にもだいぶ慣れてきました。最初は粗相が怖くて、食べても味がしないぐらい緊張してましたよ。」
「えっ、そうだったのですか？作法は気にしなくて、好きに食べてくださって良かったのに。」
「そこはアレです、郷に入れば郷に従えで。良い勉強にもなりましたし、オリフィア様やユリシス様と一緒にお食事ができて楽しかったですよ。」

　オルタンシアの言葉に頷いて微笑んでいたオリフィアだったが、今日が魔王の復活の日である事も思い出すと、少しだけ表情を曇らせた。

「オルタンシア。これが最後の食事になったりはしませんよね？これからもずっと、今まで通りの生活ができるんですよね？」
「はい。大丈夫です。オリフィア様は何の心配もしなくていいんですよ。私が責任をもって魔王を封じますから。」

　ふと、誰かの視線が気になってオルタンシアが振り向くと、柱の陰に半身を隠した桃色髪の少女が二人の様子をじっと伺っていた。

「プリムラ！お祝いに来てくれたのですね。ありがとう！そんな所でじっとしていないで、こっちにいらっしゃい。」

　オリフィアの表情がパッと明るくなると、柱の陰に隠れていた少女を手招きした。
　オリフィアの手招きで、緊張気味だった桃髪の少女の表情も和らぐと、小走りにテラスへとやってきてオリフィアの隣にさっと座った。

「えへへ。オリフィア様、お誕生日おめでとう！この方が、オルタンシア様？オリフィア様に確かに似てるねー。」

　プリムラは、桃色の目をキラキラと輝かせながらオルタンシアにお辞儀をした。

「初めまして、オルタンシア様！私はね、プリムラっていうの！お父さんがお城に用事がある時に、私が暇してるといつも、オリフィア様が遊んでくれるんだよ！」
「初めまして、プリムラ。オリフィア様とは、私よりも前から友達だったんですね。オリフィア様のお祝いに来てくれてありがとう。」
　
　オルタンシアが軽くお辞儀を返してる間に、プリムラはオリフィアのお皿に切り分けたお肉を摘んで口元に放り込んだ。

「美味しそうだから、私も食べる！あれ、このお肉さっき屋台で食べたのとおんなじ味だ！」
「はい。屋台のおじさんから頂いたんですよ。プリムラは先に食べていたのですね。焼いたイカもありますから、そちらを食べますか？」

　オリフィアは上手にナイフでイカを輪切りにすると、プリムラの口元へフォークを運んで食べさせた。

「うん、美味しい！でもイカも屋台で食べてきちゃった！オリフィア様にはお礼に持ってきたプレゼントあげるね！」

　プリムラは背負い袋から薄桃色の花冠を取り出して、オリフィアの頭に乗せた。

「まぁ、素敵な花冠！これは、プリムラが作ってくれたのですか？ありがとう、私のために。」
「うん！私の家の村の近くに咲いてるさくら草を集めて作ってみたの。オリフィア様、お誕生日おめでとう！」

　微笑ましそうに、オリフィアとプリムラを眺めていたオルタンシアに、プリムラはまた袋から何かを取り出すと、オルタンシアに差し出した。

「はいっ、リンゴ飴。屋台で貰ってきたのだけど、オルタンシア様にあげる！オリフィア様のこと、よろしくね！」
　　
　オルタンシアはリンゴ飴を受け取ると、苦笑いしながらプリムラの頭を軽く撫でた。

「ええ、オリフィア様は大切なお友達ですから。必ず、守ると約束するわ。」

　オルタンシアの言葉に首を傾げたプリムラだったが、その意味を深く追求することはなかった。

木に、着物姿のモノが凭れ掛かっている。