夕方、工房エリアでは作業の音が響く。
　耐えなく続く甲高い響きは、鉄を打ち付ける事によって起こされていた。

　工房には二人しかいない、アデルとクロガネ。
　他の面子は事情を説明した上で、音の響かない他の場所へと追いやられていた。

　区画から離れると鉄を打つ音は途端に途絶え、行き過ぎるくらいの静寂を見せる。
　妖精による遮音結界が効き、耳をつんざくほどに響きかねない音を工房内にだけとどめている。

　全ての手配は、探索から戻ったアデルによって早々に整えられた。
　音が響かないようにする配慮も当然ならば、手間をかけさせないため、早々に作業へとりかかるのも当然だった。
　目的は自分と仲間の武器を鍛える事。自分とユリアの二人分で、シャンテの分だけは分野違いであるために妖精が作ることになっている。

　アデルの作業に淀みはなく、動作に緩みも感じさせない。
　ふんわりとまとっている笑みすら今は消え失せ、遊びのない、厳格な手際だけがこなされる。
　技術は重ねることで精度を増し、繰り返す事で高みを得ていく。故に妥協もなく、手抜きなど存在し得なかった。


　アデルの魔剣、名をクロガネという。
　最初に聞いたその名前を、幼少のアデルは「綺麗ね」と評した。

　彼は魔剣だった。とある剣士が所有し、大切に扱われた愛剣は三百年以上の時間を隔てて自我を得た。
　魔ではある、しかし悪ではない。かつての所有者の人格をベースに再現された魔剣の自我は愛想がなく、言葉も総じて飾り気がなかった。

　日頃、魔剣は人の形になってアデルに付き添っている。殆ど気配を感じさせず、工房の隅で腕を組んだ魔剣は主の作業を見守り続けていた。

　アデルが魔剣と契約したのは14才。誘拐され、生贄として命を奪われる寸前にクロガネとの契約を成し遂げ、自身を害しようとした人間たちを返り討ちにした。
　その時点で一般人よりは戦いの術を心得ていたが、お世辞にも成熟したものではなく、また、経験の欠如による細かい不備が多かった。
　厳しく律されて育った彼女は生真面目で、真面目に挫折してはそれを修正してきた。

　武器の扱いを覚え、魔剣から知識をもらい、幾度となく危機をくぐり抜ける手伝いをしてもらいながら、生きる事を覚え、そして幾つかの事を触れずに見送っていった。
　生き急いだ日には、果てのない時間による責め苦が待ち受けている事をアデルは察していた。
　厳しい内面はそのままに、身を引くことを覚え、柔らかい言葉を身につけ、礼節と尊重と、少しだけの遊び心を混ぜて今に至っている。

『大切な事、譲れない事だけ、かつてのように語ろう』

　柔らかい言葉は嘘を語っている訳ではないけれど、本心は二重三重に隠されていた。
　隠し事が多いからこそ本心は何よりも強い、彼女なりに分別をつけた結果、本心を語るときにだけ男性口調が用いられる事になった。
　……かつての、クロガネから学んでいた頃の名残だった。


（間に合わなかったのでサマバケ後に続く！）

渡された杖をまじまじ見つめた後、妖精へ目線を上げ、零す。
言葉はこんなだが、賞賛自体は本物らしい。

作られたばかりの杖で自身の肩を叩きながら、少し離れた場所で話し込んでいる仲間の名を出した。
念のため、といった口ぶりで。

（追加で苛立ちを滲ませながら言葉を重ねようとした少女の頭上から降ってきたのは、鈍い金の篭手と手袋に包まれた腕。金髪の頭上にごつん、と痛そうな音を立てつつ拳を容赦なく落下させた後で、ぐわしとその頭を乱暴に掴む長身の女性）

（少女の頭を問答無用で固定したままで。少女と対峙していた女性の、繊細な容姿を包む重装備をまじまじと眺め）

（掴んだ少女の頭を強引に下げつつ、自身も軽く頭を下げる）

（そう言いつつ、何やら感情のあまりにじまない声音のままで抗議している少女の声を拾い上げつつ）

（アンタ、何か知ってる？　って顔で重装備の女性に左右色違いの視線を送る）

少女の落ち着かない様子を見て、女性は少し首を傾げる。

シュプーと呼ばれていたうさぎは、女性の腕の中で何を考えているのか分からないような顔をしてじっとしている。