※短編の余談。本編は後半に↓
■Sound of a rainbow...

レシュと交代での火の番をする深夜、皆が寝静まって居る時間帯。
揺らめく炎を見つめつつ意識を集中し、それを行使する。

発する音律は最低限、声量も最小。
手中の小さな銀ナイフに囁くようにして“音を篭める”。



シェリィの特殊能力は【虹音】。
これはその応用方法の１つに過ぎないが、効果は現れた。

手にしたナイフの刀身が淡い緑の光を発し、一瞬魔術文字のようなものが浮かんで消える。
これでこの品は“護符”へと転じた。
篭めた“音”の文字数が多くない為、さしたる効果は得られないだろうが。


その直後、そろそろ聞き慣れた酷く淡々とした声音が単語を紡ぎ、周囲に簡易結界が展開された。
魔術が不得手な己でも分る程度のもの故、封印解除の必要もないのだろう。


「シェリィ殿。その能力を行使されるなら、防音結界位は展開された方が良いと判断しますが？　貴女が魔術は不得手だとしても、この程度の術式展開は初歩の初歩かと……」


あくまで淡々と、そう告げるクレシュミエントことレシュ。
こちらは彼女を愛称で呼ぶのに、彼女が律儀にフルネームでシェルシェーリィ殿、と呼ぶのは他の仲間にも違和感があるから、と愛称の方で呼ぶようにと言い含めたので、レシュも最近は愛称で呼ぶようになった。

レシュの指摘に、頬を引き攣らせながら言い返す。


「……だーかーらー。人が魔術が不得手だってのがホントだとしても毎度毎度ご丁寧に指摘するんじゃないよ。さすがに不可能とは言わないけど、面倒なんだよ。それに最初からちゃんと“絞ってる”から、周囲には影響ない程度だって」
「……。帰還した折に、上にこの件は報告させて頂き……」


思わずその内容にはその続きを遮るように、慌てて言葉を紡ぐ。


「ちょっと、待て。今、考えてるから」


思案すること暫し。


「じゃ、次からこれやる時は付き合ってよ。声かけるからさ。レシュなら“その程度”の魔術だろ？」
「……。そういう事ならば承知しました。貴女の魔術補助も、私の此方への派遣理由の１つですから」


ほっと安堵の溜息一つ。
全く、とんでもないのが寄越されたものだ。


「これじゃ、社会勉強の付き合いってより、まるで口煩い目付け役じゃないか。口煩いのはアークだけでも十分だってのに、どーしてこーゆーことになってんの……」
「……シェリィ殿。全て聴こえています。考えて居るつもりでまさか口にしていたとかそういう事では……」


そんなレシュの淡々とした声音で紡がれる言葉をある程度聞き流す事に、やっぱりアークとの付き合い分なのか、短期間にしてすでに慣れつつあるシェリィ。


“……うーんこりゃ戦闘の折に使うのはよーく考えないと、後でレシュから上に報告されるとまた処罰ものだよね。正直共闘に向いた能力でもないし、あえて意識もしてこなかったのが裏目に出るとは。面倒な事ばっかで参るね……そーゆーの、苦手なんだけどなぁ……”


考えるよりも行動に出る方が速いと、ぶっ飛ばしてからそれはそれで後々問題になったりもしていた場合もあるのだが。
細かい事や緻密な計算戦術等よりも、力押しの方が余程得手というその気性は、腐れ縁的な“アイツ”とは不可思議な位に真逆なのだった——。


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▼以下が今回の本編です（上は前回出す予定だった作製特殊能力談。時間軸的に先に配置）
内容的に後半少々重く痛い？ので読んで下さる方はご注意で▼

■ It matters not how a man dies, but how he lives...

——早朝の清涼な空気の中。
燐光を帯びた長剣は、綺麗な型をなぞりながら、虚空に光の軌跡を残しつつ振るわれる。

一振り、二振り。
灰色を帯びた金の長髪が、その動きに合わせて宙に踊るように揺れる。
挙動に合わせて服の裾が翻る様は、まるで優雅な舞踏のようでさえあった。


一振り、二振り。
空を裂くように振るわれる音は、決して軽いものではない。

が、すでに数え切れない位には繰り返された、定期的に時間を取れる折には行っている自己鍛錬を終えて。
愛用の剣を眺めつつ、シェリィは小さく溜息をついた。


「うーん……実戦に出てからの方が若干回復速度は上がった気がするけれど、速度も重さもまだまだ、だよなぁ……」


そんな呟きを耳にしてか、長剣の神聖石に宿る少年姿の精霊が淡い光をまといながら姿を現す。


「剣の主にしてマイマスターよ。この世界に辿り着いた頃よりは随分と回復したであろう。そもそもが“戻らない”で回復を待つと決めたのは我とも何度も話をした末であり、相応の理由と覚悟あってであろうに」
「いや……うん、分ってるんだけどね。こーゆー旅に出て、全部を無傷で守りきるなんて到底無理だってのはさ。皆もそんなのを私に求めちゃいないってのも」


多少の怪我程度、皆覚悟の上であろう。
この冒険へと出てきて無傷で守って欲しいと思うものも居ないし、怪我が怖いから旅をやめると言ったりする者もまた居ないのだから。現状の相手ならば、戦闘後の手当てやシスの回復術で十分何とかなる範囲である。

だがこの先へ向かえば……？
そこに自身の力量の回復速度は追いつくだろうか？


「……仮にマスターが万全であれば、逆に周囲の仲間を巻き添えにせずに戦うというのが今度は難しいであろうに。今程度の加減のうちに慣れておかねば、先で後悔しても知らぬぞ？　そもそもがマスターにも自覚はあるだろうが、経験不足よりも、戦闘能力や性格が、共闘にはとことん向いて居ないのだからな」


アークは心底呆れた様子で呟く。


「分ってる事をいちいちご丁寧に突っ込む辺りがアークもレシュも揃ってもう……嫌になるなぁ。言われるまでもなく承知だよ。この手の派遣なんて本来単身だし、滅多にないけど現地で誰かと合流・共闘するにしても同郷の仲間とだろ。最初はこれの調査も１人で来るつもりだったしね」


——愛剣に宿るアークだけを頼りに、ずっと１人で戦ってきた。
自身は魔術は不得手で、薬剤の類も効果が薄い。
よって動けなくなるような深手を負う前に、敵を殲滅するのが前提になる。

受けるダメージを最小に、与えるダメージを最大に。
文字通り倒される前に倒せ、という戦闘方法に特化してきた自分にとって、仲間との共闘というのは色んな意味で加減が難しく。
現状程度しか能力が発揮出来ないので、確かにバランスは取れているのだ。

少しずつ戦闘を通して回復する頃合には、仲間も自身との共闘に慣れてくる頃であろうし、仲間ごと影響のありそうな技を行使する場合でも、アークやレシュの援護があれば足りる程度になってくるはず。

そう思っても、なおもどかしいこの思いの理由は、何なのだろうか。
あってもおかしくはないはずなのに……仲間を置いてこの先は１人で行くという選択肢は既に無い理由は、何だろうか。


そんな事を思いつつ、自身の手袋越しの右手の甲、そこにある“命綱”であり“絆”を無意識に眺めつつ、ほぼ反射行動で愛用の長剣を腰の鞘へ収めようとしているシェリィの腕を、誰かがぐいと掴んだ。


「ん？　レシュ？　何やって……」
「***　*****」
「……ちょ、ま……！！」


感情の起伏の感じられない声音が短く紡いだ単語と同時に、ぐにゃりと視界が歪み全身が何処かへと投げ出されるような、五感全てを揺さぶられるような違和感。

知ってる、この感覚は——。
——ふっと五感の全てが戻ると同時に、空気の色が、質が変わる。

本来は瞼を閉じるべき異空間の光景が焼きついた視界や、ぐらぐらとする頭を振って。
同様に未だままならない体を半ば強引に動かして拘束を振りほどくと、シェリィは小柄な少女の胸倉を乱暴に掴み上げた。


「同世界用の短距離転移魔術か。確かにこの程度ならお前は封印解除なく使えるのは承知しているけど、いきなり何の真似だレシュ。返事次第じゃ容赦しないよ……！」
「……シェリィ殿の鍛錬風景は何度か目にしてきましたが。貴女の振るう剣は本来あの程度ではないはず。よって以前申し上げたように、貴女の選択は正しいとは思えません。ましてこの世界の事情を鑑みるに、これ以上足手まといな子供の同行者連れでは“任務”に支障をきたします」
「だからってやっていい事とそうじゃない事があるだろ！？」
「……あの子供達を置いてきた事に罪悪感が？　心が痛むと？　……ならば故郷へ戻った折に“***”を使えば問題な——……っ！？」


その全てを聞き終わる前に振るわれた鋭く重い一撃。
鈍い音と共に小柄な少女の体は吹き飛んで地面に転がった。


「それ以上何か言ったら、その程度じゃ済まさないよ。……以後ついてくるのは好きにしてもいいが、その顔を暫く私には見せるな。許可するまでにその顔見せたら次は、斬り飛ばす」
「……マスター、さすがにあれは少々やりすぎでは」
「そう思うならアークが治癒するの手伝ってやればいい。私はこの件を当座許すつもりはないからね。むしろ骨の１本や２本程度で済んだなら可愛いものだ」


不機嫌極まりない声でそう吐き捨てるように告げると、シェリィは何処へともなく姿を消した。
そんな現在の剣の主にしてマスターたるシェリィの様子を気にしつつも、マスターの言葉通りに恐らく肋骨を数本折る程度の負傷をしているであろう少女の方へと浮遊しつつ、アークは内心小さく呟いていた。


“……先だっての少年少女やダークエルフの青年との対応といい、マスターの変化は吉と出るか凶と出るか我は暫く見守るつもりであったが……ここにきてクレシュミエントのこの独断行動、か。確かに元よりマスターは“狩る者”としては、今日まで生き延びた方が余程強運だったと思わねばならぬほどに色々な面で少々甘すぎるが、な。我としても長く側に居るマスターにとって悪い結果とならないように願い、導ける部分はそうしたいと思うが、さて今後どうしたものであろう……”

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視界に入る光景は、鍛錬を行っていた場所とは全く違うもの。
少々人並より優れた五感全てが、あの場所とは違う場所へと移動済みだという現実を容赦なく突きつけた。

——まるで己の迷いを見透かしたかのようなタイミングで、心底嫌になる。

確かに“任務”を持ち出されては、それよりも引き離された彼らを探すのを優先にするわけにはいかない。
精々が無事にしているかどうか、合間に情報収集する程度であろう。

簡易テント類含め荷物類は全て向こうへ置いてきた様子なのが、せめてもの救いだろうか。
あの転移術の対象は自分のみのはず。

そして……確かに自分は本来“身一つ”で平気なのだから。
ぎり、と噛み締めた唇の端が切れて、鉄の味が口の中にじわりと広がった。


「……誓いでも約束でもないけれど。こんな形で投げ出すつもりじゃなかったのに……くそっ……！」


くるくるとよく表情を変える少年の、切なげな顔が真っ先に脳裏に浮かぶ。
出来ない約束はしないのがせめてもの誠意かと、少年の口にする願いや希望に約束をした事は無かったけれど。
はっきり拒絶もしなかったのがきっと己の半端な思い分。


一揆の騒動に同郷の者も赴いているらしい東国の少女の方は、任務とやらに必要であれば彼らと合流し直すだろう。
でもあの南国の小さな島から出たばかりの、少年は……？


“忘れるのと忘れないでいるのは　どちらが幸せなんだろう——”


そう何処か寂しげに呟く顔を、思い出す。
“アイツ”の抱えていた苦悩を本当の意味で知ったのは、今この瞬間かもしれない。


「……何も知らないで。簡単に——消せばいい、だと？　……だから、だから……嫌いなんだよ……！！！」

“残っていないはずなのに　胸がちくりと痛むのは何故なんだろう——”

シェリィの内心に呼ばれたかのように、空を厚く暗く覆う雲の隙間からぽつぽつと降り始めた雨。
悲鳴のような叫びは、虚しく曇天へと吸い込まれていった——。

“この痛みすら感じなくなったら　本当の意味で私達は**でしかないんだろう——”

→next 7th days diary...

（シェリィが火の番の後、早朝鍛錬を行っていたはずなのに何時までも戻ってこない。
２人が不審に思った頃合に、簡易テントの中で見つけたものは、見知ったものではなく、整っているがあまり人間味の感じられない文字で綴られたメモ。

“急ですがシェリィ殿は「本来の場所」へと連れてゆきます。お二人の旅路に幸いがありますよう”……とある。

レシュが残したものだろう。
食料諸所含め、全ては手付かずのままに簡易テントの中に置いてあり。

文字通り消えたのは“２人だけ”だった——）

歌うような言葉で、紅茶に口をつける。
妖精さんは余り腑抜けたような話や冒険が好きではないらしい。

呟かれた言葉に律儀に反応してくる。
実際には定められた手順を踏まない限りそのようなことにはならないのだが、それとこれとは話が別なのである。

青年は、女性剣士の“神様論”に若干の違和感を覚えていた。
が、無意識だろうそれに指摘を入れるのは、詮索するようで良くない。

声には若干、希望めいた感情が込められている。
それは自分の異貌が目立たないことを願うようにも、それでも誰か同じ人が見つからないかと期待するようにも、受け取れるだろう。

大分判りやすく嘘の気配がしたが、指摘する時間は貰えなかった。
理由は、云わずもがな。

溶ける気配はないが、頭痛は起こしていそうな青年の横で、またもや少女がぷんすかし始めたからだ。ふしゃー。

これが落ち着いていられるくぁ！とばかりに女性に詰め寄ろうとしたところに新たな声。
この場の全員から見て、横となる方向から飛んできたようだ。

どうやら二人には視線を送らずとも、すぐに声の主を判断できたらしい。
思えば確かに先程の声は特徴があった。通りが良いというだけではなく、『人に聴かせる』訓練を受けた者独特の響きを持っている。

人の合間を器用にすり抜けて、小柄な姿が輪に加わる。と同時に司祭と女神を叱りつけた。
その態度からすると、少なくとも彼らよりは年上らしい。実際の年齢は、特に少女は不明だが。

つい、と青い瞳が女性剣士へと向けられた。
どうやら仲間──主に少女──が何か不始末を起こしたものと思っているのかもしれない。

グラスを合わせて酒を一杯飲み干せば、相応に気分良くなるらしく。

空いている腕のひとつで、閉じた腕とそこに連なる紅い実を弄りながら。

名を名乗り、もう一度グラスを合わせてから飲み干す。

　目の前の女性と精霊が起こした現象に、二人は共に戸惑ったようだ。
　少年は周囲の様子が元に戻ったあとも辺りを用心深く見回しており、
　エルは受け取った羽根をじっと見つめている。
　

　
　そう言って、ロウは考えこむ仕草をした。
　……冗談ではなく、わりと本気なようだ。

瞳のことは全く気に留めていなかったらしい。
言われて初めて気づいた、と僅かにきょとんとした顔をして、それから破顔する。

堅苦しいのは苦手だと言われると肩の力を抜き、悪態に似た事を言いながらため息をついた。

そこで思い出したように、ついでにバツの悪そうな顔をして

腰に下げていた剣を鞘ごと外して差し出す。正確には、収納時には剣の形に組み上がる蛇腹鞭。
やはり渡すのをためらうことなくひょいと差し出す。
力量を測られたことには肩をすくめて気にしていないというジェスチャーを返す。

そう言って、自分の武器を預けることで相手に対して自分なりの誠意を示したことを明かした。

いきなり飛び出してきた存在に驚き、大切に扱おうとしていた剣を逆に落としかけて慌てて持ち直す。

冷や汗をぬぐいながら二人のやりとりを聞いていたが、名前を聞かれて気を取り直し、居住まいをただした。