※今回は前回６日目日記の続きになっているので、読んで下さる方は過去ログ等で１更新前も併せて読まれるのをお勧め致します※


■It's in your moments of decision that your destiny is shaped...

——吹き飛ばされた衝撃と、腹部から胸部にかけて走る激痛。
咄嗟に反射で受身を取ったつもりだったが、あまり軽減出来なかったようだ。

転がった地面から起き上がれずに、片手で腕の装飾を兼ねた封印鎖を千切るように１つ無理矢理外してから、負傷部位に治癒術を施し始める。
短縮詠唱を紡ごうとするだけで、いや呼吸するだけで走る痛みにじわりと気持ちの悪い汗が滲んだ。

そんな少女の傍らに、ふわりと温かな光を放つモノが近づいてその顔を覗きこむと、顔色を伺いながら声をかける。


「クレシュミエント。負傷の程度は？　我の見立てでは数本へし折られていて、数本ヒビが入っているのではないかと思うが」
「……アーク殿。概ね見立ては間違っていません。完全に折れているのが２本、でしょうか……内臓の方には破損はないようです」


常日頃あまり感情の感じ取れない声音に、さすがに痛みによるものか苦痛が滲む。
レシュが自身に治癒術を施している腕にアークが小さな手を添えると、淡い光と共に少女の全身も燐光を帯びた。


「治癒術の効果を若干上げて、そなた自身の治癒力を少々底上げする位までしか手伝えぬが。動ける程度にはしておかねば、間違いなくあの様子ではマスターはお前に手を貸したりはせぬであろうよ。負傷したままでそなたを置き去りにするのは我としても異議を唱えたいが、怒りが収まるまではマスターは我の話も聴いたりはせぬしな」
「十分です……ご助力に感謝を。このまま置いていかれるわけにはいきませんので。帰還は最終手段です」


ぽつり、ぽつりと降り始めた雨は、アークがレシュの周囲に廻らせた光膜が弾く。
負傷した少女の体を濡らすのは治療に悪影響だからだ。


沈黙の降りた中、地を濡らす雨の音だけが静かに響く。
そんな音色に紛れるようにして、レシュはぽつりと誰にともなく呟いた。

「……私は、理解出来ない。あの人の行動は非効率すぎる。現存する唯一の“狩る者”なれば、このような形での長期派遣自体が例外だとデータでも……」
「……なぁ、クレシュミエントよ。我はあの気性のマスターの側に長く居る故に思うのだがな。確かにそなたのような若手で、正式な役割も担って居ない身では理解せよというのはあまりに難易度の高い話だが。そもそもそなたには、理解しようとする気があるのか？」
「……」
「これは我からの助言だが。マスターのあの気性や感情を“理解しよう”と試みるつもりもないのであれば、そなたはもう故郷へ戻った方がよいぞ。これ以上留まっても得られるものは、そなたの言う“データ”でしかないであろうよ」
「……故郷のデータで得られぬものを、得る為に来たのです。……また、負けない為に」
「では、そなたは理解出来ないものに勝てると思って居るのか？」
「……！！！」





レシュの脳裏に鮮明に蘇る声。
そう、それはこの少年姿の神聖霊と同じ事を言わなかったか……？


「……成長しない、という意味だと……聞かされた事が、あります」
「ほう、なかなか的確な助言を受ける機会があったのではないか。その割には全く活かしていない様子だが。……我は偉大なる神聖霊故に、そなた達の一族が長より受取る名の意味を知って居るぞ。まさしくそなたの名の意味は“成長”であろう？」
「……！！」
「ふむ、その顔では知らぬようだな。ま、本来は一人前だと認められた折に伝えられるものであるしな。色々と前倒しで貴重な経験が出来て良かったと思えばよい」
「……心に留めておき、ます」


暗く鈍い空を見上げて、じくじくと全身の痛みと折れた部分から回る熱に少し呼吸を荒げたままで。
光膜に弾かれて流れ落ちる雫達を、レシュは静かに左右色違いの瞳で見つめていた——。


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——季節外れの冷たい雨は丸二日降り続き。
その雨に打たれながらシェリィは怒りを静め思考し直して、レシュはただ静かに傷を癒した。

この天候は双方にとっては様々な意味において必要な時間となり。
三日ぶりに顔を覗かせた太陽の光の下。

治癒術によって動ける程度までは辛うじて回復したものの、魔力と体力双方を消費してか濃い疲労を幼い顔に滲ませるレシュに向かって。
まだ険しい顔のまま、でも何かを振り払ったような表情で、シェリィはこう告げた。


“調査と本来の任務を終えれば、そっから先は故郷に戻れる道が近くなるまで位は私の自由にして構わないって事だよな？”と。


そう、決めたのだ。
どれだけレシュを怒って殴り飛ばそうと、もうあの場所にも時間にも戻れはしない。

ならば、本来の役目を終えた後で、引き離された少年達を探そう。
どんな顔をして会えばいいのか、なんて分からないけれど。
何を言いたいのか、どうしたいのかもやっぱり分からないけれど。


こんな形でもう２度と会えないというのは、嫌なのだと。
この心の赴くままに。

未だ小さなあの手を。
もう１度握り締めに。

だから必ず探そう。
この思いのままに。


「そうと決めたら時間が惜しい。お前の魔術サポートがあった方が早いからもう顔見せてもいいけど、これ以上殴り飛ばされたくなかったら、ついでに故郷に送り返されたくなかったら、今後の私の行動に全面協力するんだね。拒否権はないし、する理由もないだろ。ちゃんとお前の大好きなお役目・お仕事するんだからさ」


そう一息に告げると、後ろを振り返る事なくシェリィは行く先へと視線を送る。


「行くよ、アーク、レシュ。“混沌”の動向を掴む。裏に潜んで居るなら、叩き潰す。そうじゃなくてもこの騒動の収拾つける。その為に、これまで以上に私自身も身体能力はより早く万全に戻せるように……何とかしてみせる」
「……やれやれ。その切り替えの早さには毎度ながら感心するが。我のような理解もあって能力もあって寛大かつ偉大な神聖霊の加護を受けた身であるのを感謝するのだな」
「確かに提示された今後の行動指針に異論を挟む余地はありません。同行とサポートを続けます。あと……」


日頃感情の薄いレシュの声音に滲んだものに、思わずシェリィは後ろを振り返る。


「……何故貴女があれだけの怒りを私にぶつけたのか、理解出来ないのは未だ変わりません。結果として任務の遂行が早まるのなれば、私の判断も今回の行動も間違いとは言えません。が……」
「……が？」
「それだけでは済まない何か、があったのだけは……謝罪、します。理解不能な案件については以後、道中での理解の為の経験を積む努力と、今回の調査及び任務完遂後、あの子供達を捜すというのなら、私もそれにも同行とサポートを行う事も約束します」


謝罪の意で小さく下げられると、金の髪がその表情を隠すようにして揺れた。
それを左右色違いの瞳が高い場所から見つめて。


「お前の……好きにすればいい」


結局レシュの顔は見ないままにそう答えてから、今度こそ振り返る事なく次の目的地と定めた場所へと一歩を踏み出したシェリィの顔には。
何処か複雑そうな感情が滲んでいた。

後ろから遅れながらも何とかついてくる少女に聴こえないように、ギリギリ彼女がついて来れる範囲ながらに少々早足で歩きつつシェリィは呟く。


「……殴り飛ばした件も負傷させたのも、私は謝らないからね。あれでも一応加減はしてやったんだし」
「あの状況下で手加減できる程器用ではなかろうに。やれやれ、マスターも頑固な事よ。我が上に報告すれば厳罰ものだぞ」

長剣の柄の神聖石から浮かび出たまま浮遊していた少年姿の妖精が、呆れたような、それでいて何処か楽しそうな声音を投げかける。


「うるさい、アーク。全力だったら骨折れるだけじゃ済まないよ。これ以上何か言いたい事があっても聞くつもりないからね。ついでに上に何か言うつもりなら、こっちにも考えがある」
「いやいやあのクレシュミエントが謝罪を口にして、理解不能で片付けずにどうにかしようとする辺りで多少は“成長”したのかもしれぬゆえ、謝らなくても良いと我は思うぞ。得られるものがあったのだろうからな。よってあれがここへ寄越された意味を考えるなれば、今回の件はあえて目を瞑っておこう」
「……何の話だい、それは」
「マスターもおいおい分るであろうよ。いや、そうであれば良いと我が願うだけだがな」



“今は、まだ……な。さてマスターの方はその名の通りに探し求めるモノを見出せるであろうか。それが目に見えるモノか、見えないモノか。答えは存外そう遠くない場所にあるのやもしれぬ”

（2本の鎌て、大剣をどうにか受け止め）

（ギガヤは叫んだ！しかし何も起こらない！）

目の前の少女の饒舌ぶりに少し面食らいながらも、
キーリアは頭の上に乗ったダシュプースを撫でながら、笑顔で応対する。

そういうとキーリアは頭の上からダシュプースを下ろし、クレシュミエントの前に差し出した。ダシュプースは気持ち不安げに見える眼差しで少女を見つめているが、再び逃げる気はなさそうだ。