———提灯が灯る。

　闇を落とし、生え茂る木々によって深さを増した夜は光によって払われる。
　原始的な灯火は闇の中に居場所を作り出し、その極僅かなスペースに対する安堵と、相対的な心細さを闇に対して引き立たせていた。


「……ま、それも『視えなければ』の話ですが……」

　外を眺めながら、コーデルはこつこつと丸めた指でこめかみを叩く。
　自然と共に生き、森で過ごすエルフ族は当然のように夜目が効く。
　コーデルもその例に漏れず、昼と同じように見える訳ではないにしろ、視界はかなり遠くまで達している。

　精霊力を介して視れば生命感知・魔力感知すら可能で、暗闇程度では大した障害にもならない。
　例外は魔法による闇。あれを闇というのなら日ごろのコレは影とでも呼ぶべきだろう、光がないくらいでは障害にならないが、人為的に闇を張り巡らせられるとお手上げだった。

「…………」

　現状に意識を戻せば、聴覚はすぐに祭りの喧騒へと飲み込まれた。
　喧騒を構成するのは客寄せ、人を呼ぶ声、果ては誰かがあげた歓声か。
　きっとその中には自分の知り合いもいるのだろう、ロザリアなどは落ち着きに富んでいるが、他人をはしゃがせる事に関しては余念がない。

　身動ぎすると着物の袖が揺れる、今回の祭りに合わせ、リオが自分のために選んだものだ。
　東方独自の意匠を凝らしたこの服装は、塔のほうでも簡素なものが寝間着として採用されていた。
　今着てるこれは外出用の更に凝った作りだ。髪では大ぶりのリボンが揺れ、布にあしらわれた柄も精緻で派手なものになっている。
　正式な着方でこそないが、重ね着した袴が愛らしさを和らげ、コーデル好みのストイックさになっていたのはさすがの気配りだろう。

　癖で水を差したくなる自律心をなだめつつ、近づく気配に意識を向ける。
　相手に害意はない、さして目立ちたくもない様子を見るに、該当者は一人しかいなかった。

「……前から聞きたかったのですが、アデルの領内では祭りとかしないのですか？」
「……それって一般的なものを聞いてる？　それとも特殊なもの？」

　彼女は地方領主だ、規模の差こそあれど、抱える領民はある。
　それを言えばこんなところでほっつき回ってる事自体どうかしているが、祭りが苦手だという彼女がその辺をどう処置していたかは関心があった。

「……そもそもひとつ問題があってねー、領主が三十年以上年老いてない、って知られる訳にはいかないのよ」

　年齢とは別に事情がありそうだったが、そこには触れずアデルは話を続けていく。

「領民騙してるみたいで微妙に後ろめたいし。……まぁそれで何もかも諦めるような思考はしてないけど、やっぱ早々には切り上げちゃうわねー」

　だから、一般的に行われてる祭りは好きにさせてるし、支援もしている。
　……そこに領主の姿はない、それだけが他の地方と異なる点だろう。

「でも楽しんできた子たちの話を聞くのは好きかなぁ。だからちゃんと祭りはやってるし、商人さんにも割りと優しい方だし、様子見の人も出してるわよー」
「姿を見せない、しかし統治は怠りなくしている領主ですか。……そのうち面白半分で領主館に忍び込む輩が出そうですね」
「体が弱くて面会謝絶ってことになってるからー」

　は？　と向けられる半眼をアデルは気にする素振りもない。

「領主なんて領民守ってれば情報少なくても気にされないわよー、何かあったら部下って名目で直々に出向くし」
「現在留守な訳ですが」
「妖精さんに頼んでちゃんとお手紙やりとりしてるからー」

　トップがいない程度で瓦解する組織ってそもそもダメよね、とアデルは微笑んで見せた。

「ところで旦那さん（リオ）は？」
「どこかの屋台で景品取りにお熱なのではないかと」

　わたあめを啄み、コーデルはちらりと人混みに視線を向ける。

「時間がかかりそうなので、私だけ少し離れてたのですが———」
「……ん、お姉ちゃん、みんなが買い食いしてるように見えるな」
「……まさかとは思いますが……」

[SummerVacation]

（聞いた名前に一瞬考える顔をしてから、頭を左右に振ると、飾られた装飾が涼やかな音色を立てる）

（薔薇色の妖精さんが紅茶を口にしつつ、歌うような言葉で語る内容に左右色違いの瞳を少し細めて）

（小さく溜息をつきながら。外見に反してサバイバルにはそこそこ自信もあるが、そこだけは死活問題に近いようだった）

（名義上みたいなものでも***ですし……いえ名義だけではなくて、その、色々と……僕自身も困るんですよ、と何だか変な顔でぶつぶつ言ってから、説明に耳を傾けつつ）

（再訪問を拒まれなかった事には、ほんのりと嬉しそうな表情を滲ませる）

（騙して悪いがこの場で死んでもらう……の辺りではあからさまな殺気を放つ……が、返り討ち云々でそれを鎮めつつ。続く的確すぎる突っ込みに、上がったり下がったりする感情でぐったり疲れた顔になりながら）

（怪我して戻ってくるとか心臓に悪いのでやめて欲しいんですけど！！！　等と、妖精さんに言っても無駄だと承知でも、叫ばずにはいられないのだった）