死した器にエネルギーを与え、死者の仮初の復活を成す。
多くの世界において「ネクロマンシー」と呼ばれる事が多い技術である。
その技術は他の魔法分野の技術と比較しても、決して見劣りしない高度な技術を求められるものだ。
しかし、残念ながら多くの世界においては忌み嫌われる類の技術である。
「外法」ともされ、禁忌の技術と指定されている世界すら存在するのは、周知の通りだ。

　かくも多くの世界でこの技術が嫌われるその原因の多くは、この技術に対して「無知」な時代に世界が体験した「体験」に由来するものと…残念ながら「宗教」的な面に拠ることが多い。
この技術の不幸は、この技術を人々が求める動機が極めて原初的であるにも関わらず、反して多分野の高度な知識・技術が成果に求められることだ。

　朽ちた腐乱した肉体は感傷的な面を排して考えれば「不潔な物体」の一言である。
こんな物体が動き回れば、当然ながら生有る人々に悪しき影響、病原菌を撒くのは、想像に容易いであろう。
だが、それは今の知識があるからこそ到達できる想像である。

　初めて、人が「死した者」を甦らせる技術を見出したのは何時の事だろうか。
私達の世界においては、その確かな文献こそ無いが、恐らくはまだこの世界が真の意味で「薄壁の世界」であった頃の騒乱期の事だと思われている。
勿論だが、その時代において「死した者」を一時的に甦らせることに成功したとしても（恐らくは技術的には不完全だったと思われるが）其処には悲劇しかなかったのは疑いようも無い。
恐らく無数の悲劇が体験されたのだろう。
そして、人々は悲劇から学び「死」を遠ざけるのではなく、受けれる方向へと発想を転換させた。即ち、宗教である。
多くの宗教が「死からの再生」を説くのではなく「死後の世界」を説くのは、その根底に「死者を甦らせた」事に拠る悲劇があったのだ。

　以降、宗教は程よく魔法・科学と折り合いをつけながら世界に浸透した。
そうなってしまえば「死者を仮初に甦らせる技術」が忌避されるのは当然の流れだと言えるだろう。
「ネクロマンシー」の技術が漸く、宗教的な束縛から逃れ、一つの魔法技術体系と認識されたのは「ラオルグ」においても2000年にも満たない最近の事である。

　多くの分割世界においても同様の流れを辿った世界は極めて多い。
残念ながら「メルンテーゼ」もその例から漏れなかったらしい。
　
　私はこの世界で怪しまれずに振舞えるよう、死したシェイドと呼ばれるエンブリオの一種の器を拝借改造し、そこに精神の大部分を置いて活動している。
一応、名誉の為に断っておくが、器となるシェイドには死する前より、全てを話した上で契約を結んでいる。
野垂れ死んだ者を本人の許可無く無断で拝借しているわけでもなく、ましてや器を奪う為に殺人…殺エンブリオなどという愚かな行為犯してはいない。
私は文明世界「ラオルグ」の異界調査官である誇りと名誉を大事にしているのだ。

　さて、現在の「ラオルグ」の技術を持ってしても「死者の完全なる再生」は不可能であるとされている。
あくまで技術が成せるものは「仮初のエネルギー」で動かす不完全な復活に過ぎない。
この分野の第一人者と名高い「ゲオリィ・ヘルガ氏」でさえ「記憶の再生」を伴った復活の最長記録は僅か半日とだと言う。

　果たして「死者の完全なる再生」が果たされる日は来るのだろうか？
この疑問はこの分野の技術者にとっては当然のものと言え、私も勿論そうである。
そこで、私はこの「メルンテーゼ」において遭遇した、異例を調査したいと思っている。
（世界の調査とは別件で、私の趣味としてだが）

　このケースでは「記憶の再生」こそ不完全なものの「肉体」の再生には極めて高度な形で成功しているようなのだ。
もっとも、この事例が無数の分割世界における特殊な法則の上に起きた奇跡の一例に過ぎないのか。
それとも、普遍的な技術体系の延長線上の事象なのかは未だ判断がつかないのだが……。

調査官 イシクァリ・ルゼ　（メルンテーゼ徒然調査報告書）

強い薔薇の香り。

　
　　　　　　苦笑いしつつ、そっちはどう？ と問うように視線を向けた。　

　
　　　　　　言葉遊びを楽しむように、指を立てて講釈する。
　　　　　　 多分これが、この女性の基本的な立ち位置なのだろう。　

　
　　　　　　その指を自身の唇に当てるように動かすと、小首をかしげる。
　　　　　　 あからさまに芝居がかった動きで、グレイナードにほほ笑んだ。