ENo.606 朽咲　慧可緒

StarSpangled Night

それは、とある聖夜の一場面。

ふわふわに焼きあげられたスポンジがテーブルの上にいくつも並ぶ。

その中の一つ、ココア生地の上に、チョコレートが丹念に塗りたくられていく。

瑞々しい果実をこげ茶色の大地に実らせ、

今にも踊りだしそうなホイップクリームで飾りつけ。

砂糖菓子のサンタクロースを舞台に立たせれば、幸せが一つ出来上がり。

完成品に満足の息をついて、エガオは汗を拭った。

真冬だというのに、エガオがいる部屋は暑いのだ。

ふと頭を上げると、蜂蜜の甘い香りが鼻孔をくすぐる。

「シュークリーム、上がりましたよ！」

楽しげにトレーを運ぶ縦ロールの少女。

「次はりんごと栗のパイの番ね」

優しく微笑して、蒼髪の妙齢の女性が窯にパイを置いていく。

周囲を見渡すと、他にも、

乳白色の髪の妖精が慌しく紅茶のポットを持って行き交い、

頬に傷のある大柄の男も、器用にクッキーを形作っていく。

全員に共通しているのは、浮き足立つ宴の雰囲気。

そう、今日は待ちに待ったクリスマス。

夢いっぱいのお菓子の準備は上々。

聖なる夜を存分に彩ることだろう。

そんな中、エガオはやけにそわそわとしていた。

落ち着きがないのはいつものこと。お祭りであればなおのこと。

しかし、今日のは少し様子が違っているようだ。

自分のノルマをこなし終えると、何やらこそこそと作り始めるのだった……。

そして、星々が夜空に姿を現すと同時、ジョッキのかち合いの勝ち鬨が上がる。

今宵は野暮も平穏もお帰り。

ただただゆめでこころを満たせ。

さあ、パーティーのはじまりはじまり！

「Ho-Ho-Ho！」

ふかふかのファーのついた帽子に、

肩や腰を外気に晒した、一風変わったサンタ服を着て、

エガオは子供たちにプレゼントを渡していた。

「坊っちゃん嬢ちゃん（レディース＆ジェントルメン）！

　さあさみんなで寄っといで！

　サンタさんからのプレゼントだぜーっ！」

首元には、元気いっぱいに響くベルのチョーカー。

対象は子供だけでなく、通りかかった様々な人にも無差別爆撃している模様だ。

竜の尾を持つ少女にはひらひらとした愛らしい髪飾りを、

紫がかった長髪の眼鏡の彼女にはCD『どんだけーの法則』だったり、

猫耳の艶かしい女性には、毒々しい色のエクレアを渡したりしている。

渡される側の微妙な表情とは反比例して、笑顔を振り撒き続ける、口裂け女。

……だが、時おり、期待と不安の織り交ぜられた瞳で人の波を見やるのを、

ピンク色の魔女は見逃さなかった。

「……エガオちゃん、ちょっと代わっててあげるから、行ってきな」

「んえっ！？」

驚いて振り返るエガオ。

「あ、姐御……もしやエスパーっ！？
　
　いつの間に時空を捉えられたのーっ！？」

その反応に、あはは、と笑って、

「魔女っ娘ってのは、何でも知ってるもんなのさ」

「むー……魔女っ娘ってスゲー！」

「ほらほら、遠慮は無用だよ。行った、行った！」

「さんきゅーなのデスっ！　あらほらさっさー！」

満面の笑みで何処かへと走り去っていくエガオ。

その姿を見送って、ピーチは優しく微笑んだ。

「ふふ……二児の母、ナメてもらっちゃ困るよ。

　―――――さて」

まだまだ中身がたっぷり詰まった白い袋を見つめ、腕まくり。

「任された以上、配って配って配り倒してやろうじゃないか……！」

姐さん、趣旨がどこかにぶっ飛ばされてますよ。

ひぅんひぅんという風切り音。

パスタが華麗に宙を舞い、くるくると皿に落下する。

そこにサーモンとキノコ、たっぷりのクリームで飾り付ければ、

あっという間にスパゲッティの完成となる。

その名人芸に、探し人をしていたエガオも、思わず足が止まった。

軽やかに麺を舞踊させたのは、豊かな黒髪と垂れ目が特徴的な、長身の少女。

普段の流麗な鞭捌きを鑑みれば、成る程、先の技術も納得できた。

「あ、エガオさん。良かったら食べて行きませんかー？」

「モチ！　食べる食べるいただきまーっ！」

言った瞬間には、もう口の中いっぱいに麺をほおばっている。

「う、うンまァァァ〜いっ！？」

「えへへ、自信作なのですよー！

　どんどんおかわりして欲しいですー！」

胸を張る見習い女王様。

すかさず、エガオのフォークとスプーンが更なる麺を捕えようとした、その時。

「あーっ！？」

エガオはとある方向を指さして固まった。

「え？」

スズメもつられるように指の先を辿っていく。

その先にあったのは、緩やかに煮えるチーズフォンデュの大釜。

色とりどりに並べられた食材をフォンデュフォークに突き刺し、

チーズに浸して幸せそうにくるくると回している人物が一人。

甘く優しいその笑みを、エガオはずっと探していたのだった。

星々の展覧会の真下。

年旧りた大木の枝の上、煌めく光を眺めながら、二人は腰掛けていた。

下では未だ騒がしくパーティーが続いている。

だが、エガオには、自分の心臓の鼓動の方が大きな音に聞こえていた。

「良い夜でするなぁ……月も星も、こんなに綺羅綺羅としていて」

「うやっ！？　う、うん、そだねー！」

微笑みかけられただけで、エガオは枝から転げ落ちそうになる。

小脇の箱に忍ばせた“あるもの”を確認しながら、どぎまぎ。

（ザーネぴょん、喜んでくれるかな……）

期待と、不安と、愛しさと、恥ずかしさが混じり合う。

（でも、渡さなきゃ）

意を決して、エガオは口を開き、

「あ、あのっ、ザーネぴょんっ……」
「えーっと、朽咲様っ……」

見事に言葉が被った。

お互いにわたわたと慌てながら、発言を譲り合う。

結局、先にエガオが用件を言うことになった。

「そのー……これ、クリスマスプレゼントなんだよーっ！」

勢いよく差し出したものを空けてみると……中身はケーキ。

それも、ただのケーキではない。

場所に応じて、チョコや抹茶、フルーツやマロンなど、多種多様な味が楽しめるようになっており、

更には小さいシュークリームやクッキーなどでデコレートされている。

それは、来客用とは別に、エガオが精魂込めて作ったものだった。

丹念に作られたそれを見て、彼の相貌には驚愕が浮かぶ。

「おぉう……なんともステキな……っ！」

「あはは、頑張ってみたんだよー！　バッチ食べてねっ！」

勿論でするよ、とザーネは胸に手を当て、

「ではでは、私からもプレゼントをば。

　喜んで頂けると幸いなのでするが……」

そう言って、彼がエガオに手渡したのは、これまた丁寧に包まれた箱。

何だろう、と蓋を開くと、そこには……これまた、多様に色づけられた、エクレアであった。

「うっわー！　スゲー！！

　エクレア天国が降臨したーっ！？」

上のチョコが違うのは勿論、食べてみないとわからないが、中のクリームも、

カスタードだけではなく、仕掛けが施されていたりする。

これもまた、一つずつ手作りなのだった。

「うふふ、見事に洋菓子オンリーになってしまいましたな！」

「同じこと考えてたんだね、私たちっ！」

お互いの心を感じて、笑い合う二人。

そのことが何より、エガオには嬉しかった。

「さてさて、折角ですし、早速頂きましょうか。

　二人で食べると、きっと二倍楽しくて美味しいでするぞ！」

「だねー！　じゃあ……」

「「Merry Xmas！！！」」

それは、月が大地に口づけするまでの、とても短い夢のお話。

けれども、彼女はこの夢を、生涯忘れることはなかった。