ENo.3253 赤音モーテル

砂浜の道は終わり森に入り込む。
このまま進めば街があるだろう。
何かが終わり、何かが始まる……それはとても素晴らしいことのように思えた。

早朝、まだ日も昇る前に目が覚めた。
私は眠りの浅いときと深いときの差が激しい。
今日は浅い日だったようだ。

森の深く大木の根元に腰を下ろし深くもたれかかる。
地面の土は少し湿っていたが特に気にならなかった。

眠りの浅い日は定期的にやってくる。
それは私の能力の波に合わせて、私自身が感じる死の怯えによってもたらされているのかもしれない。

最初の頃は気がつかなかった。
ただ、壁が一枚消えただけに過ぎなかった。
それは次第に増えて行き、部屋の壁が消え、家の壁が消え、そして世界の壁が消えてしまったのだ。

ああ、これは何……これが世界なの。

私は世界を視ることが出来た。
しかしそれと同時に壁を見ることが出来なくなっていったのだ。

怖い、私の身を守る壁が何一つ見えない。
私はその頃からある癖が出来た。
寝るときに壁の方を向き、その壁ギリギリまで顔を近づけて眠る癖だ。
そうすることでほんの少しだけ楽になれた気がした。

壁を失うことは何を意味するのだろうか。

壁は消え薄くなる、世界が？　いいえ、私自身が……
地平線すら透明になった世界に落とされ、
瞳に届く透き通った孤独は、名も無き遠い海域で沈没してしまった船のように沈んでいく。

孤独の海に浸かり、私の身体から意識が滲み出て、そして最後には私自身が消えてしまうのではないか。
そんな形而上の恐怖が私の眠りを浅くする。

今この瞬間にも私が持たれている背中の大木が消え孤独が押し寄せてくるのではないか。

…………。

ふと、足音が聞こえた。
……あいるだ。
目を開けるとあいるが私の目の前まで来ていた。
火を起す木を拾いに来ていたのだろうか。

「グッモーニー。朝早いね。この辺りは強いモンスターが出るらしいから危ないよ」
あいるが少し眠そうに話しかけてくる。
「そうらしいわね」
私は少し顔を伏せ、木の根元から立ち上がりズボンに付いた湿った土や木屑を両手で払った。
視界に私を見上げるあいるが入る。
「……泣いてるの？」
少しの沈黙があった。
「……気のせいじゃないかしら」
私は顔を横にそらし、小さく答えた。
「そうだね。泣き顔は赤音には似合わないもんね。ははっ」
そう言うと、あいるはいつものように笑った。
可愛い笑顔だったが恥ずかしくてちゃんと見れなかった。

……あの日、目が覚めたとき。
あなたたち二人がいて、どんなに救われたことだろう。
食べるものもろくに無い、安心して休む場所も無い、この地獄と呼ばれるこの場所が
今はとても美しく思えるわ。

…………。

……砂漠について語る。

砂漠が美しい理由はなにかしら。
そうね、砂漠が美しい理由があるとすれば、夢を見続けているからだと思うわ。
誰もが取り付かれたように砂漠に夢を見ていたの。

オアシスを捜し求めた冒険家、
国を作ろうとした革命家、
花を咲かせようとした少女たち、

多くの人が夢を追い求め、そして多くの人がその夢に触れることなく死んでいったわ。

残された人々には悲しむ人も居たでしょう、意志を継ぐ人も居たかもしれない。
だが砂漠は死も夢も等しく砂に覆い隠す。
希望だけを残して。

そんなつまらない話。