ENo.2766 盛岡鈴菜

The sixteenth day
New beginning
and
a new companion

「ここまで、だの」
　ユーキ・ヒロは手にした剣を一降りして鞘に収めた。
「なんでとどめをささないのよ」
　今まで戦っていた女賊は警戒しながらも不思議そうに立ち上がりながら埃を払う。
「何でと言われても儂達は別に人殺しではないしな」
「そうです、それに私達は急いでるので」
「急いでる？」
　盛岡鈴菜がヒロの言葉に続て話を続けた。
「私達ははぐれてしまった仲間を捜す為に急いでるんですよ」
　切迫した表情の鈴菜の言葉に思わず女賊は唖然とする。
「なる程、そう言う事だったの」
　急に女賊の視線が鋭くなる。
　その変わった雰囲気に一同は想わず身構える。
「て、抵抗するなら、容赦しませんよっ！？」
　今まで遠巻きに見ていた八月一日未来が身構えながら女賊を睨みつけた。
　それを見た女賊は違う違うとばかりに慌てて首を横に振って両手を上に上げた。
「ああ、勘違いしないでよ。別に抵抗しようって訳じゃ無いんだから」
　言葉を切って一区切りつけると女賊は言葉を続けた。
「もし良かったら、私に君達の事情を少し聞かせて貰えないかな？」
「私達の事情を？何故?」
　いぶかしげに鈴菜が聞き返す。
「何故って……、なんか気になったのよ。それじゃ理由になってないかな？」
「ふむ……」
　どうした物かとヒロが自慢の髭をしごきながら考え込む。
　それを聞いて今まで黙っていたY.A.T.A.H.が口を開く。
「この際です、彼女に話した方が話は進むと思われます」
　状況の機微という物が掴めない言葉ではあったが、確かに客観的に見ればそれが一番である事は誰の目にも明らかだった。
「確かにY.A.T.A.H.殿の言う通りだの」
　他の人間に任せると感情が入って話が長くなると思ったヒロはそう言って今までの状況という物を話し始めた。

　§§§§§§§§§§§§§§§§

「こう言うわけで急いでる訳じゃ、判って頂けたかな?」
　話をひとしきり聞いた女賊はなる程と頷いた。
「よくわかったわ」
「それじゃ、私達は急いでいるから……」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
　慌ただしく立ち上がろうとした鈴菜の手を取って、女賊がまったをかける。
「何？これ以上は話す事は何も……」
「まぁ、そう慌てないでってば。それで一つ提案があるんだけど、私の事を雇ってみないかな？」
「……え？」
　思わぬ女賊の口から出た提案に鈴菜と未来は思わず驚きを浮かべて顔を見合わせる。
「雇うってどういう事？」
　エルシア・アルトシアが疑問をストレートに女賊にぶつける。
「何というか、君達に少し興味が出たのよ。折角こうやって知り合った縁だし、私にも何かお手伝いできる事がないかな？って思ったのよ」
　ざっくばらんに言い切った女賊の意見をどう対応した物か悩む一行だったがY.A.T.A.H.が意見を述べる。
「私は彼女から助力を得る事に賛成します。彼女の力は私から見てもなかなかの物と判断致します」
　確かにY.A.T.A.H.の言う通り彼女の力はなかなかのもであったのはその場にいる全ての人間が感じていた。
「どうする？ボクは構わないけど……」
　余り物事に頓着しない様にシアはあっけらかんと賛成する。
「儂も構わんがの、心強い援軍ではあるし」
「どうする？鈴ちゃん……、私は鈴ちゃんに任せるよ」
　未来は鈴菜の意見に任そうとする。
「そうだね。そう言う事だったら協力して貰おうかな。どうやら信じられそうだし」
　それを聞いた女賊はその表情を緩める。
「やった本当？ありがとう、よろしくね」
　女賊は立ち上がろうとヒロに握手をしようとする。
　ヒロはその握手はせずに鈴菜の事を見てこう言った。
「儂達のリーダーはあの鈴菜殿での、握手はまず彼女としてくれ」
　そのヒロの言葉に、女賊は思わず笑みをこぼす。
「それは予想外ね。これからしばらくの間よろしくね」
　女賊の差し出した手を鈴菜は握り返す。
「よろしく、私は盛岡鈴菜です」
「私はエルミーラっていうの。これからよろしくね」
　鈴菜達とエルミーラの間に協力関係はこうして結ばれたのだった。

　§§§§§§§§§§§§§§§§

　その後、スティルフの街へと戻った鈴菜達はアリシア・ウールと無事といえるかは判らないが合流する事ができた。
　別れた後、再び一人で強い敵と相対する事になったアリシアはかなりぼろぼろの姿ではあったが、大きな怪我もなく無事な姿に鈴菜達はほっと胸をなで下ろしていた。
「恐かったですよ〜」
　その顔に涙を浮かべながら、アリシアは鈴菜に抱きしめられていた。
「ごめんね、一人にしちゃって……」
　鈴菜はそのアリシアの頭をゆっくり撫でてあげながら謝った。
「鈴菜さんのせいじゃないです……、でも……でも……」
　いつもはおませに振る舞ってはいても、まだ１３歳の少女であった。
　年相応なその態度に皆心配していたがその胸をなで下ろしていた。
　ひとしきり泣くとアリシアにY.A.T.A.H.がすっとチョコレートを差し出した。
「疲れたときには糖分を取るのが最適です」
　場の空気を読んでいるのかいないのか、無表情のままのY.A.T.A.H.に差し出されたチョコレートを見て思わずわっと笑いの輪が広がる。
「ありがとうございます」
　すっと頬の涙をぬぐうとアリシアはしっかりお礼を言ってチョコレートを受け取ったのだった。
　何故笑いが起こっているのか見当も付かなかったY.A.T.A.H.であったが、鈴菜にはその無表情な顔の中に若干怪訝そうな物を浮かべたような気がしたのだった。
　そんな中アリシアの足元ではネコミミズクのモルモが、暖かい雰囲気に包まれたのに安心したのか、アリシアの足にすり寄っていた。
「……それにしても迷子というのは伝染する物だったのかの……」
「ホントだね。ボクも最近まで知らなかったよ」
　小さく呟いたヒロの言葉にシアもしたり顔で頷きあった。
「全く本当だね、未来ちゃんの迷子が伝染するなんて……」
　自分が一番の現況だと言う事をわかっているのかいないのか、鈴菜もその二人に会わせて頷いたのを見てヒロとシアは苦笑する事しかできなかった。

　§§§§§§§§§§§§§§§§

　アリシアと合流した翌日、それぞれ旅立つ準備を整えた一行はお互いの無事を誓い合っていた。
「ハムスター退治の依頼、シアちゃん達なら大丈夫だと思うけど、十分気をつけてね」
「大丈夫、任せてよ」
　初めての依頼に挑む事になった一行を鈴菜達は励ました。
「そんなに強いって訳じゃないけど、とにかくもふもふしたくなって危険だから」
「それって可愛いって事ですか？」
　アリシアが鈴菜の体験談を聞いて聞き返した。
「うん、とにかく可愛くてもふもふしたくなるの、それだけは注意ね」
「う、うん、気をつける」
　今一気をつけるべき事なのか判らないまま、顔を強ばらせるアリシアの肩にY.A.T.A.H.が手を載せる。
「大丈夫です。そこまで強いという訳ではないのでしたら問題無いかと」
　一人ハムスターと出会っても冷静でいられそうなY.A.T.A.H.のその台詞が心強かった。
「Y.A.T.A.H.殿がいれば心配なさそうじゃの」
　ヒロもその言葉に安心して自らの剣を見つめる。
「鈴菜達の方こそ森にまた行くんでしょ？大丈夫？」
　心配そうなシアのその台詞に若干不安そうな色を伺わせながらも鈴菜は頷いた。
「今度はちゃんと準備もしたし……、大丈夫だと思う……」
　歯切れの悪い鈴菜の言葉に、未来が励ますように背中を叩く。
「大丈夫だって、今度はちゃんといけるって」
「そうじゃ、今度は不覚は取るまいて」
　ヒロも未来の言葉を後押しする。
「……かな？ううん、そうだよね、今度こそっ!？」
　鈴菜のここしばらく塞ぎ込みがちだった気持ちが本来の前向きな物へと変わり始め、その表情にも明るさが表れていた。
「そろそろ行った方がよろしいかと」
　Y.A.T.A.H.のその言葉に皆頷きあった。
「それじゃまた戻ってきたら」
「戻ってきたら」
　それぞれがお互いを励まし合うと、二組に分かれ反対の方向へと歩き始めたのだった。
　彼らにとって別れて行動する事は初めてで、それぞれがそれぞれの無事を祈りあうのだった。

To Be continued…….

登場キャラクター
ENo.1155 アリシア・ウール
ENo.1684 エルシア=アルトシア
ENo.1891 ユーキ・ヒロ
ENo.2274 八月一日　未来
ENo.2704 Y.A.T.A.H.
ENo.2766 盛岡鈴菜