ENo.1810 エミール＝ランドール

エスタ、昼下がりの商店街にて

ジゼル「お兄さん、お兄さん！」

店の前に立つシルバーの前に、見覚えのある少女が駆け寄ってくる。

シルバー「あ？‥おう、いつぞのチビではないか」

ジゼル「レディに対してチビとは失礼よ。」

その第一声に不満だったのか、ジゼルはむっと唇を尖らせた。
‥が、すぐに元通りの顔になると

ジゼル「まあ、別にいいわ。見かけたから声をかけてみただけだし。」

別段後を引かせることもなくさらりと言う。

シルバー「まだ見付からねえのか？その‥あー、ナントカさん」

記憶が確かならば、この少女は人探しをしているという話だった。
特に気にかけていたわけでもないが、話の種にとシルバーは尋ねた。
その問いにジゼルは大きな目をさらに見開き、息を呑む。
そうして次に口を開いたかと思うと、

ジゼル「あなたって物覚えが悪いわ。そんなに日も経っていないのに驚きよ。
”アランブール”。アランブールっていうのは私の姓でもあるんだけど‥
ああ、お兄さんには関係ないことよね。ごめんなさい、これは別に覚えなくてもいいわ。
とにかくまだ見付かっていないの。もう少し、あと一歩確信が欲しいってところね。
ねえ、お兄さんはこのエスタで何か話を聞かなかった？
私はまだ着いたばかりで、あまり手元に情報がないの。」

と、一呼吸で言い切った。

シルバーは半ば呆れるようにジゼルを見ていた。
次から次へと流れるように言葉が出る。しかも加減てものをろくに考えちゃいない。
さながら噴水か何かのようだ。まあ、顔も口もよく回るガキだこった。

そんな些細な考えを巡らすとほぼ同時に、エミールが店の扉から顔を出す。

エミル「お師匠！お待たせしてすみませ‥
‥あれ、そちらの方は‥お知り合いですか？」

ジゼルは不意をついて現れた少年の姿にやや驚き、見つめ、そして素早くシルバーに向き直った。

ジゼル「‥お兄さんのご子息？」

シルバー「まさか」

尋ねはしたもののの、これといって知りたいことでもなかったのだろう。
彼との関係は追求せずに、ジゼルはすぐにエミールの方を向く。

ジゼル「そうね、こっちの坊やは真面目で物覚えもよさそうだもの。
ねえ、アランブールという魔法使いの情報を知っていたら教えてくれないかしら？」

エミル「アランブール？ちょっと待って下さい、確か聞き覚えが‥
あ、先ほどお薬を買いに行った時に、そのようなお名前を耳にしましたよ。
あなたの探されている方と同じなのかは分かりませんが‥」

アランブールという名の魔法使いが、不定期にふらりとエスタに現れ、
生活の必需品を店で揃える際の対価に、自身の調合した薬を商品として置いていくらしいということ。
その薬の効果はかなりのもので愛用者も多いが、ごくまれにハズレがあるということ。
エスタ近辺の隠れ家に棲むという噂があるが、誰もその居場所を突き止めた者はいない、ということ。
その薬には怖くて手が出なかったという事を漏らしつつ、エミールは見聞きしたことを簡潔に話した。

それらを聞く間、ジゼルの瞳はみるみる輝きを増していった。

ジゼル「それは本当ね！？‥やっぱり棲家はこのあたりに近いんだわ。
あのババア気配を消すのが上手くて辿るのに手間取ったけど、もうちょっとね！！
エスタ周りをシラミ潰しに洗い出していけば‥！」

エミル「ば、ババ‥？」

ジゼル「ありがとう、坊や！
もしこれで見付かったら、改めてお礼に伺うわ。
それじゃあまたお会いしましょ！」

半ば独り言のように一方的に話し終えると、
またもくるりと踵を返し、あっという間に雑踏の波へ姿を消した。

エミル「あ、あの、私たちは旅の身の上でして、ここに長くは‥」

慌てて後姿に投げかけるも、もはや届かないようだった。

エミル「い、行ってしまわれた‥」

シルバーは呆気にとられるエミールの肩に手を置く。

シルバー「あれはああいう嵐のようなガキなのです。
お前とは話が合いそうにねえなァ」

エミル「坊やと仰られた‥背丈もあまり変わらないのに」

シルバー「‥‥」

どちらもガキはガキだ、と心の内で溜息をつきながら。