ENo.1526 ベネデッタ・コーネル

― Bon Voyage!(1) ―

セルメント歴　北北西の風　推定3日目

　僅かに、妙な――…と、感じる事がある。
　他でもない。私の雇い主と、彼女の手勢についてである。

　昨日まで引き連れていた獣。
　名を”イオ”という。
　陸裸亀貝を下地に唄われた、我が雇い主の歌であった。
　気が小さく、終始オドオドとして、物陰に引っ込んでは様子を窺っている。
　加えて、我々と同系統の言語は伝わらぬ。
　酷く扱いの面倒な手勢であった。

　今日から新たに加わった獣を”ダイ”という。
　こちらも同じく、マンモスを元に唄われた、我が雇い主の歌である。
　巨大な体をもっさりと動かしながら、地響きを立てて歩む、半獣・半モップの獣は、
　見た目通り、一切の言葉を話せない。

　なあ、妙だろう。
　彼等は揃いも揃って、我々と言語による意思疎通を行えない。
　なのに、何故。
　我が雇い主は、彼等の名前を知り、それを元に愛称を付けられたのだろうか。

　彼女が、真に私達を、セルフォリーフの街角で聞いたというのなら。
　耳にした音の真の名を、知る余地など有りはしないのだ。

　なにか、妙な感じがする。
　彼女が起こしている事象は、彼女が想定している以上に込み入った物で、
　おそらくは――…私が叩き起こされた理由にまで、繋がっているのではないのだろうか、と。

　それを突き詰める時間は、おそらく残されてはいないのだが。

□ □ □

　鳴り響くハバネラは蠱惑的に。
　山間の荒れ野を、色とりどりのネオンサインが照らしている。

　石舞台の上で踊り狂うギャング達。
　この、谷間の一等地において、彼等を邪魔する者は居ない。
　……筈だった。

　ずん。と、地獄の底より響くような地響きが、ハバネラの旋律を叩き潰し。

「やっと見付けたのよ！」

　ギャング達が一斉に振り向いた先。
　アコーディオンを抱えた楽師が、意気揚々と立ちはだかっている。
　モップとも、象とも付かぬ巨大生物の頭上に……である。

「さあさあ、ギャングの皆様方。私に見付かったからには、此処で悪事の納め時なのよーう！」

　本人、ノリノリである。
　頬を上気させて、きぃんと拡声器を響かせて、胸一杯に叫んでみせる。

　その背中に、酷く面倒くさそうに頭を掻く砲兵が見える。
　楽師の背中を見つめながら、溜息混じりに。

「やっと……と言うほど、時間は掛かっていないでしょう」
「そんな事はないのよ」
「殆ど、オルゼから山越えする為に掛かった時間です。越えさえすれば、すぐに見付かったでしょうが」
「ううん。格好良く登場する為の場所探し、思いのほか掛かっちゃったじゃない」
「ブー」

　楽師の拡声器避けか。
　両耳を両手で塞いだまま、砲兵は小さく溜息をつく。
　この楽師。基本的に何も考えていない。
　いないのだが。

「ひゃっほぅぅッ！！」
「いよぉごきげんかぁい！？」
「俺らを成敗しに来た？」
「そんなことどうでもいいから一緒に踊り明かそうぜッ！！」

　……と応じてくるギャング達も、負けず劣らず何も考えていないのだろう。
　彼等の思考について、砲兵は考える事を止めた。
　ただのバカVSバカである。

　何だかんだと怒鳴りあっている、楽師とギャングらを尻目に。
　生ける巨大モップ――ダイ――の上、砲兵は、鷹のように鋭い目で、辺りを見回す。

　この辺りは、ただの砂漠ではないのだろう。
　距離感を狂わせぬよう、ところどころに巨岩の道標が増築されている。
　疎らに見えるオアシスには、小屋の様な。明らかに整備された跡が見受けられる。

「奴らに、さして害があるとは思えんが――…場所が悪かったらしいな」

　オルゼは山岳と森林に囲まれた街。
　要害の地とも言えるが、その一方。平野部は狭く、さして肥えてはいない。
　おそらくは、育てたところで、作物の豊作は望めないのだろう。
　高所より下界を見渡せば、家畜を放つ農場か、造酒用の麦畑ばかりが広がっている。

　よい果実や野菜を手にするには、エスタかスティルフより運ばねばならない。
　その中で、エスタ間の街道を塞がれたのは、かなりの致命傷だろう。

「邪魔なモンはどける。悪くない考え方だ」

　吐き捨てれば、視界の端。
　おそらくは談合も物別れに終わったのだろう。
　拳を振り上げた楽師が、砲兵に向かって声を荒らげる。

「ジューン、行くのよ！　私達の旋律の方が凄いって、思い知らせてやるのよう！」
「判った。判ったから、マイクの音量を下げろ」
「大丈夫よ！」

　何が大丈夫なのか、砲兵は一切理解できぬ。
　できないが、仕事は仕事であった。

　ロケットランチャーを担ぎ上げると、モップの背より飛び降りる。
　楽師とモップの突撃に巻き込まれてはたまった物ではない。
　面倒事は逃げるに限る。

　しかし……。

「これが最後の仕事だ。望み通り、一花咲かせてやるさ」

　紫煙の向こう。
　砲兵は珍しく、にんまりと笑っていた。