ENo.1383 キキウス・ヅーベング

前回からの続きです。
不定期連載。前回までの日記はコミュニティ・ページに保管されています。たぶん。
暇な人は読んでみよう。
ついでに、小説に出てもいーよって人は伝言下さい。
キャラ名を考えるのが面倒くさい筆者が、キャラ名拝借致します。

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　しかし、カラーズには過去がない。
　あるべき、両親もいない。
　帰る故郷と呼ぶべき場所は、きっと冷たい試験管の中だ。
　最近のビュコックを悩ませてきた問題は、アカガネ老の持つ知識により氷塊した。
　認めたくはないが、認めざるを得ないだろう。かの老人が語った仮説こそが、もっとも今の自分を的確に言い当てている。
　幸か不幸かと問われれば、迷うことなく不幸と答えるだろう。
　自分という存在を、真っ向から否定されたのである。
　自分はビュコックという名の人間ではないと確定してしまったのである。
　だが、ビュコック――正確にはビュコックの体と記憶を持つカラーズだが、これからもこの青年はビュコックと表記する――は、それでも先ずは良しとした。
　世界は、その観測者の立場や価値観、素養と人格によって大きく様変わりする。
　雀が鷹の空を知らぬのと同じように。
　この体の素体となった人間は、よほどしっかりとした揺るぎ無き真を持った者であったのだろうか。
　浮ついた足下が、漸く固まった。地に足が着いた。だから、やっと歩くことが出来る。そう自分を納得させることが出来た。世界が心の中で凝固し、形を持った。
　抗えぬ不幸に酔うこともできるが、そうしていても前に進むことは出来ない。自分が誰だか判っていなかったあの頃とは、状況が違うのである。作り物の足であれ、自分には両足が備わっている。ならば、前に進むしかない。停滞は無意味な時間の浪費と思えるのだ。
　次に考えたのは、これからどう生きるかであった。
　自分の正体は概ね判明した。
　だが、どうして自分が作られたのか――その理由。
　作った人間は、自分に何をさせたかったのか――その目的。
　それらを知ることで、どこへ向かえばいいのかが判るような気がした。
　汎銀河法によって禁止されている技術を用いてまで、この体を作り上げた連中の正体とは、いったい何であろうか？
　彼らは、自分の持つ「自分はビュコックという名の青年だ」という記憶を疑わない程度には、周りの環境を整えていた。今思えば、細心の注意を払っていたくらいだ。
　とすれば、ビュコックという人間でしかできない何かをやらせようとしていたはずである。
「お前はしらんのか？」
　ここ数日で何度目かの問いを、キキウスに投げかける。
　カロタと取り引きされたＡ・Ｇは、かつて自分の乗っていたギガントの残骸であった。キキウス曰わく、
「派手な爆発があってな。見に行ったら、行き倒れとＡ・Ｇの残骸があってん」
　ということらしい。どうして、そのＡ・Ｇがわたしの愛機だと思わなかったのだと問い質しても、
「Ａ・Ｇの座席の裏に名前書いてへんかったしなー。そんなＡ・Ｇは砂漠《ここ》やったら落としもんと一緒やで」
　と、悪びれる素振りもない。こんな男に常識を問うたところで無駄であろう。先の質問にしたって、
「銭にならんこちはやらへん主義やからなー、わし」
　と、機械をいじる手を休めることなく、いつもの答えを返してくるだけである。ここ暫くまったく変化がない。
　ここ数日と記した通り、ビュコックは未だキキウス達のところに住まわせてもらっていた。
　というのも、ヤドカリとの合流地点から帰る道すがら、ビュコックの望む通り、キキウスが彼を拾ったとされる地点へと寄り道してもらったのだが、そこで思い出したことがどうも心の襞に引っかかって拭いきれぬからであった。

　　　　　　　　　　　　　　　※

　現場に到着したのは、そろそろ日も沈もうかという夕暮れであった。
　赤茶けた砂は、推察するに急激な温度変化によるもの。それらが、大きな落とし穴周辺に点在している。間違いなく、ここでミサイルによる攻撃はあったのだ。
「珍しいもんでもないで。ここいらでも、重火器による戦闘は散発しとるからな」
　キキウスはそう説明する。物騒な星だという認識で良いらしい。
　だが、その時のビュコックが考えていたのは、全く別の事柄であった。
“あの時、確かわたしは不思議な体験をしていたように思う”
　手繰り寄せるようにして、ビュコックは述懐する。
　周到に用意されていた落とし穴。
　自分が街に行ってみたいと思ったのも――そのような衝動が心に湧き起こったのも――たぶん、仕組まれていたことなのだろう。待ち伏せを行うためには、ルートを限定しておく必要があるからだ。
　そうしてやってきたビュコックを攻撃した『何者か』の目的とは、ビュコックの命を奪うこと――ではあるまい。危険な複製体《カラーズ》を作り出すだけも、相応のリスクを背負っている。わざわざ殺すために作りはしない。
　だとするならば、もしかして『あの体験』をビュコックに起こさせることが目的ではなかったのだろうか。
　これはただの勘なのだが、今のビュコックには他に『彼ら』の目的が思いつかない。
　ならば、『彼ら』とは何だ。
　そうして、唐突に思い出す。
　アカガネ老が別れ際に呟いた、
「地球教の連中が引き上げたかと思えば、厄介な落とし物を残していきおった」
　という独り言。
　地球教――地球回帰教団――そうだ！どうして、やつらの存在を思いつかなかった！
　何かが閃いた。
　さっと唐突に脳裏の霧が晴れ渡る。
　記憶の操作、複製、転写の技術からいえば、あのカルト教団が一頭地を抜いているではないか。
　そうすれば、全てに説明が付く。いや、自分を作ったのは、あの連中に間違いないとまで断言できる。記憶の中のビュコックも肯定しているのだ。
　地球回帰教の連中はビュコックのカラーズを作り、彼に何かをさせようとしていた。
　何か――それは、きっとあの体験が鍵となっている。
　その考えに至った瞬間、黒くて大きな疑問がぬるりと生まれてきたのである。
＜『アレ』＞とは、いったい何だ？

　　　　　　　　　　　　　　　※

　――深夜。
　キキウスの塒《ねぐら》は裏通りに面したアパートメントの一室であった。
　彼はここの二階と地下とを間借りしており、生活は二階で、仕事は地下で行っている。地下に設置されたハンガーデッキには、中古の作業用Ａ・Ｇが一機。最近はこれを整備することにキキウスは忙殺されていた。
　ビュコックにしても、ただ飯食らいと揶揄されたくはないので、知識がある範囲で手伝っている。どうにもキキウスは作業用Ａ・Ｇを戦闘用に改造して売り捌き、大儲けを企んでいるらしい。
　ここ数日、カスタマイズと称しては、起動ＯＳを戦闘用に書き換えたり、追加のチャンバを取り付けたりと忙しそうに駆け回っている。
　だが、作業用と戦闘用ではＡ・Ｇの性能及び特性は大きく違ってくる。手っ取り早く言えば、重器と兵器の違いだ。ブルドーザーに戦車の代わりは務まらない。
　だが、こと未開の地では重器とて兵器と成りうる。
　密林を薙ぎ倒すブルドーザーは、ジャングルに潜む動物達にとっては驚異となるだろう。同じように、それ単体で高い戦闘能力を持つＡ・Ｇは、運搬さえ間違えなければ作業用であれ優れた兵器となった。人差し指のない作業用Ａ・Ｇに携行銃器を装備させることはできないが、ブレード類ならば何とか使用できる。肩に固定兵装を備え付けてやれば、それなりの格好にはなった。
　作業用Ａ・Ｇスナーク改め、スナークＫ。
　Ｋは、どうもキキウスのＫらしい。それが今日の夕方に完成した。
　そして、それこそがビュコックがキキウスに厄介になっていた理由の一つであった。
“できればＡ・Ｇを譲って貰い、地球教を探る”
　そう心に決めていたのだが、完成した当日の夜、ビュコックは計画を「譲って」から「奪って」に変更して実行に移すことにした。ぬるま湯に浸かっているような毎日に、これ以上耐えられそうになかったからだ。
　無論、ビュコックにも罪悪感は存在する。世話になった人間の恩を仇で返しては、騎士の名折れである。だから、最初はお金を稼いで、手元に頭金ができるまで世話になるつもりでいた。
　だが、よくよく考えればスナークＫを手に入れるために使用した資金は、元はと言えば自分が乗っていたギガントのパーツを売り捌いて手に入れたものだし、他にも色々と装備品を勝手に売られてしまっている。そして、とどめに昨夜の夕飯時、遅れてきたという理由だけでキキウスはビュコックの分のハンバーグまで食べてしまっていた。
　これが、決定打となった。
“騎士はハンバーグの恨みを決して忘れはしないっ！”
　マグライトを口に銜え、ビュコックは鼻息荒く地下を目指す。
　腹の脂肪に悪戦苦闘しながら階段を降り、エア・シャワーを潜り抜け、部品置き場を過ぎ去ると、大きく開けた場所に出た。
　無骨なデザインのＡ・Ｇが、暗い闇の中で静かに佇んでいる。
　フィアスアーツ社製Ａ・Ｇスナーク。
　頑丈さと稼働時間が売りのＡ・Ｇは、実用性に富み、辺境の開拓に現在も活躍している。
　ビュコックはそんなスナークＫを見上げ、大きく生唾を飲み込んだ。
　いくら正当化してても、自分が行っている行為は犯罪に他ならない。
　だが、許されざることだが、もっと許せないのは地球回帰教の連中であった。天に代わって奴らの悪事を暴かねば、かつてビュコックと呼ばれていた男も成仏できまい。
“許せ、キキウス。いつか必ずこのＡ・Ｇは返しに来る。それまで貸し一つだっ”
　高所作業用リフターを動かし、Ａ・Ｇの腹部――防風紡《キャノピー》――に取り付く。思ったよりもリフターの可動音が大きかったので、心臓も暴れ気味だ。
“さて。外から手動で開けられたが…問題は起動できるかどうかだな”
　操縦殻《コクピット》に体を潜り込ませると、座席が思ったよりもゆったりとしていたことに安心した。がたいの良い作業員でも、余裕を持って操作できるような仕様になっているようだ。こういった気配りは、流石に老舗のフィアスアーツ社である。
　青白く明滅するコンソールの数々。
　ビュコックは先ず冷媒の残量をチェックした。思っていた通り、まだ冷媒の残量には余裕がある。キキウスが起動テストを繰り返していたので、余裕を持って冷媒を注入しているだろうと目論んでいたのである。
“冷媒残量クリア。余熱開始《プリ・ヒート・オン》”
　多くのＡ・Ｇは余熱作業《プリ・ヒート》までは起動鍵《ローショナル・キー》無しで行える。これは、乗り手以外の人間でも余熱作業を行えることにしておくことで、よりスムーズな出撃が可能になるとの考えが根底にあるからだ。そのあたりの慣習は、作業用Ａ・Ｇにも受け継がれている。
“まだか…”
　まんじりともせずビュコックは待つ。余熱にかかった十五分は、一時間以上に感じられた。
　半透過画面《ハーフ・ヴィジョン》を立ち上げ、スロットルに触れる。
　当然ながら、起動鍵は事前に盗み出しておいた。
“動けっ…!!”
　万感の想いを込めて、起動鍵を捻る。
　――――動かない。
“何故だっ!?”