ENo.1305 ジンとニック

ジン「…これで良いだろう。」

村を襲っていた巨大な竈馬も上手い具合に撃退することができた。

村人たちもようやく安心したのか、竈馬の残骸を片付ける作業に入る。
折角の機会だ、全て片付けられてしまう前に調査を行わねば。

ジン「私は調査を行う。貴様は依頼された荷物を先に届けておけ。」

ニック「了解でやす！」

荷車を引く相方を見送ってから調査を行っていると、一人の少女が目に留まった。

「ほう、これはすごいのぅ！」

「妾は鈴梅と申す。突然じゃが、その腕・・・妾に貸してはくれぬか？」

ジン「ふむ…私の力を貸せと？」

頷く少女。
鈴梅と名乗った少女は少しサイズの大きい和服を引きずりながら、周りの状況を見て、

「妾ではどうにもならぬ相手がおっての、多少の暴力が必要なのじゃ。ひとつ考えておいておくれぃ。」

ジン「そうだな、今すぐに…というわけにはいかんが、手が空いた時で良ければ力になろう。」

その言葉に満足したのか、鈴梅はにこやかな表情で去って行った。

ジン「何というか…不思議な少女だったな。」

暫し少女の去った方を見つめていたが、調査の途中だったことを思い出す。
いかんいかん、時間は有効に使わねば。

ジン「さて…次は…」

魔力を呼び水とし、変異体の内在する力を調べる。

ジン「ふむ…このパターンは…以前に調査した変異体のものと似通った部分が…。」

他に類似点、あるいは相違点を浚い出し――

『…だ…だ？…そ…に誰…い…のであるか？……、…』

――ん？聞きなれない声が何処からか聞こえてきたような…。
一体何処から――

『…、おぉい、誰かいないのであるか？』

これは――
探し当てた声の主。
それはあの奇妙な指輪から聞こえてくるものであった。

ジン「…誰だ？」

姿は見えないので分からないのだが、不審なその声に尋ねてみると…

『おぉ！やはり誰かいたのであるな！』

やけに元気の良さそうな反応が返ってきた。
…一体何だというのか。

『どこの誰かは分からないのであるが、こんにちはなのだ！』

…訳の分からないこの状況で呑気に挨拶をされてもな…。
若干の齟齬を感じながら一応挨拶は返す。

『うむ、やはり人と交わす挨拶は良いのだ！』

…非常にどうでもよい。
私としては、声の主の正体とこの指輪について聞きたいところだ。
そう思っていると。

『ところで…この指輪はいったいどうなっているのであるか？突然貴殿の声が聞こえたのであるが？』

どうやら向こうもこの指輪について知らなかったらしい。
というか、相手側にも同じようなものがあるということか。
恐らく通信機の様な機能をを有していたのだと思われるが…。

ジン「さぁな。どういう仕組みなのかは私にも良く分からん。何せこれは私の物ではないからな。」

『なんと、そうなのであるか!?実は我輩の方の指輪も自分の物ではないのだ。これはある人物の落し物なのだ。』

ふむ、声の主の物ではないのか。その「ある人物」というのが気になるな。

ジン「しかし、落失物なら落とし主が困っているのではないか？しかるべき場所に渡した方が良いのでは？」

事実、私もそうしようかと迷っていたところだ。

ところが、

『いや…アンジニティはそんなことをできる環境ではない事くらい、我輩にだって分かるのだ。このような世界でそんな事を考えるとは、貴殿は余程のお人よしなのであるな。』

等と返された。能天気そうなこの相手に言われてもな…
…ではなく、今彼は何と言っただろうか？

ジン「…アンジニティ？」

聞いた事がある。罪人等の、世界から否定されるような者達が送られる過酷な不毛の地。
声の主はそこにいるということか。

私の問いかけに相手は不思議そうだ。

『む？…貴殿もアンジニティにいるのでは…。』

ジン「いや、違う。今私がいる世界はセルフォリーフだ。尤も、私はセルフォリーフの住人ではないのだが。」

驚いたな、どういう原理かは知らんがこの指輪は世界を超越しての会話を可能にするらしい。
向こう側も『なんと！そんな事が!?』と驚きを隠せないようだ。

『いやはや、不思議な事もあるものなのだ。だが、ウェルシュ家の男子たる者、このくらいでは驚いていては…』

ジン「ッ!?」

息を呑む。
この相手は、今、確かに『ウェルシュ家』と言った。
つまり彼は――

ジン「…君の名は？」

私のその質問に、彼は堂々と答えた。

『む？我輩としたことが名乗っていなかったであるか。我が名はペンブローク・C・ウェルシュなのだ！』

ジン「…そうか、やはり君があのウェルシュ家の…」

そう呟くと、彼もまさかセルフォリーフという別世界にてウェルシュ家の名を知っている者がいると思わなかったのであろう、失態を犯したと思ったのか慌てて自身の発言を否定した。

『も、もしや貴殿もあの世界出身の…あっ!!い、いや、違うのだ！間違いなのだ！断じて我輩はウェルシュ家の者ではないのだ！』

ウェルシュ家。
私の世界の故郷では忌むべき名として世間に知れ渡っている。

だが――

ジン「安心しろ、私は君を憎んでなどいない。むしろ君を助けたい。」

ウェルシュ家の悪名を知っている者ならば狂気の沙汰とも思える発言に、ウェルシュ家の長男もやや疑いの混じった声で聞き返してくる。

『…何故？父上の罪とされる所業を知っているのならばそのような考えには普通は至らないはずなのだ。』

それは――

ジン「…すまない、今はまだ詳しく話すことはできない。だが、君の父上が犯したとされる罪は濡れ衣であると私は知っている。」

その言葉に彼はすぐに反応を示した。

『やはり父上はあのような大勢の民の虐殺など行っていなかったのであるな!?…しかし、なぜ貴殿は父上の罪ではないと知っているのだ？…貴殿は一体…？』

ジン「…すまないが、それもまだ話すことはできない。」

『いや、良いのだ。貴殿の名は？』

ジン「…私の事はジンと呼んでくれ。」

『ジン殿であるな。ジン殿…これ…ら…む？また…ょうし…悪くな…』

ジン「おい？どうした？…おいッ!?」

途切れ途切れとなった声は次第に小さくなり――やがて完全に聞こえなくなった。

ニック「アニキ、食料の運搬、終わりやしたぜ！」

ジン「…。」

ニック「アニキ？」

ジン「ん？…あぁ、ご苦労だった。」

ニック「アニキ…何かありやした？」

ジン「…いや、何でもない。一旦エスタに戻るぞ。」

ニック「まぁ、アニキがなんでもないって言うんなら良いでやすけど。じゃあエスタに向かって出発するとしやすか。」

指輪は結局どういった経緯で私の手元に来たのか分からないが…声の先にウェルシュ家の者がいたというのなら、おそらくこれは誰かが仕組んだ事だろう。
だが、あの男の仕業でもないはず。あの男にとって益にもならないような事はしない。

気にはなるが、これがウェルシュ家と繋がる道ならば指輪を手放す気は最早無い。

しかし、ウェルシュ家、か…。

ジン「…彼は私が救う。必ずだ。そう、必ず――」