ENo.1396 めいふの

☆　エスタでの補給と休憩（前編）合成・付加のマジックショー　☆

ふのさんのパーティはハムスターをもふもふした後、砂地を経てエスタ市へと入った。エスタは運河が縦横に張り巡らされ、風光明媚な良港を要する水都として名高い。古びた家々の間を走る水路に小舟が行き交い、のんびりな雰囲気が評判の都市である。

エスタ市の入り口近辺には他の冒険者も集っており、待ち合わせや取引事をするにはちょうどよい。エスタ入りしたふのさんたちはお隣さんのパーティでもある「みかん帝国（仮）」と合流した。ふのさんのパーティはみかん帝国と懇意にしており、生産技能を融通し合ったり、練習試合をしたり、たき火を囲んで探索戦略を語り合ったりする、旅の道連れである。

「おー、リリさんに、がっさんに、いよさーん」

シスター・リリはいつものように右肩に鳥のがくさんを乗せ、左手にみかんを携えて佇んでいた。ふのさんはひょこひょこと近寄って面々を見渡すに、人数がいつもより多い気がした。リリさんは巨大竃馬と女賊を配下に加えており（ペットというシステムらしい。奴隷…いや、まさかね）、みかん帝国は二人と一羽と一個と一匹の大所帯となっていたのだ。ふのさんのパーティも、四畳半の姉弟に、ゆうなのお二人、従僕の三下ペ（元山賊・更生中）、ふのさんの、５人と１体の構成なので、全員で１１名いる！なわけであった。

☆　合成と付加の魔法

探索の行程を終えてエスタに到着した２つのパーティは、まずは生産技能を交換しあい、次の探索に備えて装備を整えることにした。ふのさんも市場で撥水加工を施したショールを新調し、陸さんには編み笠を作ってもらった。これで春雨や強い日差しも大丈夫だ。

続いて、ふのさんは森で見つけた複数の素材をリリさんに「合成」してもらうことにした。その後、合成して得られた素材をゆうなの２人に渡して装備に「付加」してもらえば、装備は新たな魔術的な特性が備わり強化されるはずだ。

「合成とか付加とか、いつ見てもすごいですねぇ」

ふのさんは合成や付加の様子を眺めるのが好きだった。合成と付加のびっくりアメージングぶりは、日本や地球では決して見られないものである。

「ではでは、合成ショーの始まりですよ」

リリさんは小気味のよい前口上を述べ、慣れた手つきで「安酒」と「その辺の果実」に布を被せる。リリさんはキリリと表情を引き締め、布に手をかざして何かを唱えていた。

「１、２、３、はい！」

転じて、柔やかな笑みを浮かべ、布を取ると、「安酒」と「その辺の果実」は消え去って、「屑鉄」になっている。ふのさんはおぉーと歓声を上げ、ぱちぱちと拍手してしまう。あまりに手品めいて見えるので、まさに「魔法」である。

「えー、前にも質問しましたけど、これどんな仕組みなんすか？」

ふのさんはいつものようにリリさんとゆうなのお二人に質問してみた。リリさんとゆうなさん達はお互いに顔を見合わせ、困ったような表情を浮かべた。ふのさんが何度も同じ質問を繰り返してきたからであるし、ふのさんが質問を繰り返さなくても彼らは困った顔をしただろう。

「実はね、ボクたちにも詳しい仕組みは分からないんだよ」

そう語るはゆうなの御曹司ことカンタにーちゃんであった。にーちゃんの表情には憂いの色が浮かんでいる。というのも、セルフォリーフの偉い学者様の間でも、合成や付加の仕組みは完全には解明されていないらしいのだ。

だが、そう前置きした上で、カンタにーちゃんは目を爛と輝かせ、合成や付加に関する知識を披露しはじめた。カンタにーちゃんはマニアックな知識（特にアニメやマンガが大好物）が大好きなうえに、それを延々滔々と語るのも大好きな（ちょっと困った）にーちゃんなのだ。

ふのさんは椅子を持ってきて座り、メモ帳を片手に聴講準備は完了だ。カンタにーちゃんは興が乗ると２時間でも３時間でも、場合によっては、一日中語るからね。椅子がないと疲れてしまう。

かくして、他のパーティメンバーの見守る中、カンタにーちゃんによる「講義：合成・付加についての理論的考察」が開幕となった。

にーちゃん曰く、「合成」も「付加」もセルフォリーフに古くから伝わる古代魔術の一種であるという。偽島のマジックインフラにも存在が確認されており（ゆうなのおばあちゃんは偽島の冒険者だったのだ）、分割世界では普遍的な生産技能のようである。

合成と付加は古くから研究され、セルフォリーフのマジックインフラを介して広く利用されているものの、その原理の解明には至ってはいない。かつては自然現象中の完全な例外である「神秘」であるともされてきたという。

それでも、セルフォリーフの魔術学会では合成と付加を説明する様々な仮説が考案されてきた。にーちゃんは爽やかなスマイルにて本日の主題を切り出す。

『時空間の重なり合わせ上でのアイテム取り替え説』

ふのさんはきゅきゅっとメモ帳にメモを残した。新ネタだ。

「ふのさんは『セルフォリーフの時間は数多ある』というの言葉を知っているかい？」

ふのさんは頷く。セルフォリーフと地球の時間の違いについては、日本のお屋敷と電話をしたり、お正月に帰省したときに体験済みである。セルフォリーフの時間の進み方は地球よりも遅いので、地球でゆっくりお正月の休暇を過ごす事もできるのだ。

「セルフォリーフと地球の時間の進み方の差はだいたい２週間ですね」
「Excellent」

カンタ先生の発音は完璧だった。その所作は優雅そのもの。伊達にマントを羽織っていない。

「そして、数多あるのは時間の流れだけじゃあない、らしいんだ」

カンタにーちゃんが続けて語るには、セルフォリーフの世界は様々な「時空間」が可能性として重なり合って存在しているらしいのだ。時間だけでなく空間や物体コミで色々らしい。

ふのさんはがんばって話についていこうと頭を整理してみる。心当たりがないでもない。他の冒険者が経験したある事柄と、自分達が経験したある事柄が、まるで異なった語られ方をすることがある。アップルさんの討伐の依頼にしても、アップルさんがグレた理由から戦場の雰囲気から、色々だ。物事には色んな見方がある、といえばそうだが、そうでないものもあるのかもしれない。

「そして、合成と付加は、２つのアイテムを別の可能性へと交換する魔術だという仮説が、『時空間の重なり合わせ上でのアイテム取り替え説』というわけなんだよ」

ふのさんはだんだんわからなくなってきた。

カンタのにーちゃんは「パン」を掲げて説明を続けた。「パン」とは何か？　小麦粉その他で作った食べ物だ。だが、物質として「パン」が存在しているわけではない。パンは原子で構成されている。原子は「パン」にもなれるし、「鉄」にもなれる。物質の本質とは曖昧なものだ。

セルフォリーフの物事は、時間や物質その他が、様々な可能性の上で重なりあっている状態、と考えることができる。合成や付加といった魔術は、あるモノの様々な重なりあいの中の別の状態のモノに交換する技術なのだという。

「２つのアイテムを重なり合わせ、アイテム２つ分のパワーを利用して、

カンタにーちゃんはパシンと両手のひらを合わせる。

「より高次の１つの物品と交換する」

にーちゃんの自信に満ちた瞳が聴衆へと向けられた。

「それが合成・付加という技能の原理って仮説さ」

ふのさんはなんだか分かったような分からんような気分だった。カンタにーちゃんの説明はふのさんの頭の許容量を超えていたし、そもそもふのさんの頭は曖昧そのものなのだ。

曖昧ついでにふのさんの頭の中ではもやもやと日本での思い出が蘇る。思い出したのはらのじ和尚の仏道講義であった。よくわからないカンタにーちゃんの合成付加講義は、やっぱりよくわからないらのじ和尚の仏道講義へとたどりついた。なんとなく和尚様の声まで聞こえてくるようだ。

色即是空、空即是色…

「ふのさん、この世の物事ってのはな、存在しているといえるし、存在していないともいえるんじゃぜ。雲はあるようにみえるが、あの中に入ってしまえば、雲というより霧なのだし、地上に降りおちれば雨になる。全ては事物の因果の連なり、すなわちそれが『空』なんよ」

世界は曖昧でなんも決まってなくて、空っぽで、物事はなんか因縁の連なりで生じているように見えるだけで、だから、魔術とか技術とかで空っぽをつっついたら色んなもんが生じまくりってことですか？　それで石がパンになったりするのかな？　それまじっすか？

あー、和尚さんとにーちゃんのいうことは、ようわかりませんなー。

「カンタにーちゃんはお坊さんとか向いているかもしれませんねぇ」

ふのさんはもややんとした気分でそう応えた。カンタにーちゃんはきょとんとしていたが、何か愉快なことでも思いついたのか、高らかに笑い始めた。呵々大笑であった。

「わけがわからんな」

講義を眺めていた四畳半のななみねーちゃんがそう独り言ち、他の人たちも苦笑いだった。ななみねーちゃんが常識的なコメントをするなんて、珍しいことだもの。

「さて、講義はそれぐらいにして、付加の仕事を終わらせてしまおう」

しゃべりたいことをしゃべり終えたのか、カンタにーちゃんは満足したようだった。ふのさんから魔石「扇子」と素材の「屑鉄」を受け取り、にーちゃんは付加の作業へと入る。

「さーて、今度は付加ショーの始まりだ」

カンタにーちゃんは扇子を広げて聴衆へと掲げてみせる。扇子の絵柄は梅だ。カンタにーちゃんは神妙な表情で扇子をひらひらとあおぎつつ、扇子で屑鉄を隠して見せた。

パシン！

扇子が力強く閉じられ、屑鉄は影も形も見当たらない。

「フフフ…」

カンタにーちゃんが柔らかな笑みを浮かべてゆっくりと扇子を広げて行くと…

「竹になっちょる！」

ふのさんは思わず声を上げてしまう。扇子の絵柄が梅から竹へとランクアップしていた。ふのさんはやっぱりパチパチと拍手をしてしまう。合成・付加の技能はやっぱりすごいなあ。

「さて、こんな感じでどう？」

ふのさんはカンタにーちゃんから扇子受け取って検めるに、扇子のスペック上の魔力攻撃力が向上していた。バッチグーっすよ、と、ふのさんはサムアップで応え、カンタにーちゃんの技前に感心する。にーちゃんは付加や合成の勉強を怠りなく積んでいるし、内容は理解できなかったけれど講義の話し振りも堂に入ったものだ。

ゆうなの御曹司はできておりますなあ、と、ふのさんが素直に己の感想を述べ伝えると、

「今日紹介した仮説はね、ボクの好きなSFアニメの設定と似ていたからね！」

と、今度は熱いアニメ魂が感じられるコメントが返ってきた。

色々と台無しだと思うものの、まあいいか、とふのさんは思い返す。誰も困らないし、それに、真人間はパーティに１人でいい、と申しますもの。

（「エスタでの補給と休憩（後編）運河とお舟と桜とみかん」へ続きます）