ENo.2704 Y.A.T.A.H.

　エルシア＝アルトシアに強引に街に連れだされ、そして強引に買わされたピンクの可愛らしい包み紙に入ったチョコレート。
　エルシア＝アルトシアとしては、Y.A.T.A.H.にメンバー全員分のチョコレートを購入させるつもりだったようだが、Y.A.T.A.H.の手持ちがほとんどないために１つのみ、テーブルの上には置かれている。
　Y.A.T.A.H.としては、取り立て興味もなくバレンタインデーというイベントを傍観するつもりでいただけに、テーブルの上に置かれたそれを困り果てた様子──とは言え表情が変わるわけではないが──で眺めていた。
　エルシア＝アルトシアから「必ず誰かに渡すこと！わかった！？」と厳命された以上、Y.A.T.A.H.としては自分で処分するという選択肢は用意されていなかった。
　試作機とは言え軍用兵器として造られたY.A.T.A.H.には、本能レベルで命令遂行義務が登録されており、エルシア＝アルトシアが知ってか知らずか厳命したことにより、自分以外の誰かに渡すしかなかったのである。

「演繹演算式戦闘情報分析ユニット起動。前提情報入力。演算開始」
　本来の用途からすれば、かなりかけ離れている演算を行なっているのはY.A.T.A.H.も承知の上ではあるが、とにかく誰に渡すべきなのか判断ができない以上、頼れるものが他になかったのである。
　数秒の後──通常の情報分析であれば、考えられないほどの時間ではあるが──演算を終了した結果が出た。

《ERROR:Has insufficient information assumption. Prompts you for additional information》

「追加前提情報入力、前提条件を追加の上、再演算開始」
　答えが出せないことには次の行動に移れない為、再度演算を実行するものの

《ERROR:Has insufficient information assumption. Prompts you for additional information》

「追加前提情報入力、前提条件を追加の上、再演算開始」

《ERROR:Has insufficient information assumption. Prompts you for additional information》

「追加前提情報入力、前提条件を追加の上、再演算開始」

《ERROR:Has insufficient information assumption. Prompts you for additional information》

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　その異変に最初に気づいたのは、自警団の誤解を解いて戻ってきたユーキ・ヒロだった。
　Y.A.T.A.H.が詰めている部屋の開け放たれたドアから通常では考えられないほどの熱風が流れでてきていたのだった。
「Y.A.T.A.H.殿!! 何事でありますかっ!?」
　慌ててドアから覗き込んだユーキ・ヒロが覗き込んでみたものはテーブルに突っ伏しているY.A.T.A.H.の姿だった。

《ERROR:SYSTEM Y.A.T.A.H. OVER LOAD!!!Emergency stop instruction is executed.156 seconds remaining until the system cool down.》

　その倒れているY.A.T.A.H.からはシステムの警告音が聞こえているが、ユーキ・ヒロにとっては異国の言葉であるそれが通じないが、状況や警告音からとんでもないことになっているのは感じ取れた。
「ヤタ殿!? しっかりしなされ!! どうなされた!?」
　気を失っているように見えるY.A.T.A.H.を揺さぶり起こそうとしたユーキ・ヒロだったが、Y.A.T.A.H.の体が異常といえるほどの熱を持っているため、触れたその手を慌てて引っ込める。

《System cool down completed.SYSTEM Y.A.T.A.H. reboot sequence start.》

　しばらく、思案していたユーキ・ヒロであったが、Y.A.T.A.H.からプシューと言う排気音と共に新しい警告音が聞こえたかと思うと、Y.A.T.A.H.が目を覚ました。
「……どうしましたか、ユーキ・ヒロ？」
　慌てた様子のユーキ・ヒロに対して、自分がその原因とも知らずいつもの事務的な口調で問いかける。
「どうかしましたか、ではないですぞ!? 今の今まで倒れていたのはヤタ殿ですぞ!!」
「私が倒れていた…ですか。少しお待ちください、システムログを確認してみます」
　ユーキ・ヒロの強い口調を全く意に解した様子もなく、マイペースとも言える態度で目を閉じ、何かを確認し始める。
「……ふむ、たしかに過剰演算のため、演繹演算式戦闘情報分析ユニットと私のメモリ領域が共にオーバーロードを引き起こし…」
「しょっ、少々待たれよ。ヤタ殿、何を言っているのか全く理解出来ないですぞ」
　呪文のように淡々と自分に何が起きたかを語るY.A.T.A.H.を、ユーキ・ヒロが慌てて制する。
　ユーキ・ヒロもY.A.T.A.H.が人間ではないと言う事は聞かされているが、だからと言ってY.A.T.A.H.が言っていることは、あまりに理解を超えたところにあり、何を言いたいのか理解出来ないことが多々ある。
「すまぬが儂にわかるように説明してくれんか」
　頭を掻くユーキ・ヒロの姿をまっすぐに見つめ、小さくうなづき再度説明をやり直す。
「分かりました。結論を申し上げますと、とある事項についての最適解を求めようとしていたところ解が見つからず、熱暴走を起こし倒れていたようです」
　そういうY.A.T.A.H.の口調がいつもと違うことにもユーキ・ヒロは気づいたが、それ以上に気になることを聞いて見ることにした。
「ヤタ殿、答えが見つからない事項とは何ですぞ？儂で良ければ、相談にのりますぞ」
「……そうですね、それが現状できうる最適な行動のようです。聞いていただけますか」
　ユーキ・ヒロの言葉を素直に受け入れたY.A.T.A.H.だが、そのことに提案をした側のユーキ・ヒロは驚きを隠せなかった。
　その様子に一瞬だけ不思議そうな顔をしたY.A.T.A.H.だったが、気にした様子もなくエルシア＝アルトシアに強引にバレンタインチョコを買わされ、誰かに渡すよう命令された一件を伝えた。
「ふむ。シア殿が『命令』したとは思えぬが……そうじゃのう……。バレンタインを全く知らなかった儂が言えた義理ではないが、チョコを買うように勧めたシア殿に渡すのが良いと思いますぞ？」
　少し思案した後、Y.A.T.A.H.に対してそうユーキ・ヒロは答えた。
「そのように結論づけた理由を教えていただけますか」
「簡単じゃ。ヤタ殿には、懸想しておる相手もおるまいて？」
　そのユーキ・ヒロの言葉に割って入ることなく、Y.A.T.A.H.は静かに頷く。
「そうなると、普段から世話になっている人に送るのがいいと思うが、この街に来て日が浅いヤタ殿にはそのような相手がいないじゃろ？」
　これにも表情を変えることなく頷く。
「とすると、チョコを買うこと勧めたシア殿が今のヤタ殿にとって一番世話を焼いてくれておる、と言えるじゃろ」
「確かにユーキ・ヒロの言うとおりですが、その論理で演繹法で解を求めると、ユーキ・ヒロ、あなたもこうして答えてくれたことで、エルシア＝アルトシアと同等にこのチョコレートを受取る資格があると思いますが？」
　思いがけないY.A.T.A.H.の返答に、ユーキ・ヒロは一瞬、虚を突かれたような表情を浮かべたかと思うと笑い始めた。
「私は何かおかしな事を言いましたか？」
「いや、確かに儂もヤタ殿にこうして世話を焼いておるが……」
　一つ間をおいてから、ユーキ・ヒロは告げる。
「残念じゃが、儂は甘いモノが得意では無いのでの。だから、シア殿に渡すのが一番ということになるのですぞ」
「なるほど、理解できました。では、エルシア＝アルトシアにチョコレートを渡すことにしましょう」
　Y.A.T.A.H.が納得いった直後、階下が騒がしくなった。
「皆帰ってきたようですぞ。早速渡してくるのがいいと思いますぞ？」
　ユーキ・ヒロに促されたY.A.T.A.H.は、彼に一礼をして部屋を後にしたがすぐに戻ってきた。
「どうやら、エルシア＝アルトシアではないようです。このまま、捜索に向かいます」
　そう言い残して、Y.A.T.A.H.はユーキ・ヒロの返事もまたず街へ繰り出していった。

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エルシア＝アルトシア（1684）
ユーキ・ヒロ（1891）
Y.A.T.A.H.（2704）