12月中旬、である。違世界ではもうすぐクリスマスというものがあるようだ。何かと思って調べてみたが、どうも聖誕祭らしい。 私の世界ではセラム教という宗教があって救世主セラムの聖誕祭を「セラミスデイ」と言って祝っているのだが、 サンタクロースや教会のミサなど、内容自体はそれとそっくりだそうだ。 名前こそ違え、ほぼ同じ内容と日付の聖誕祭が異世界の宗教でも行われているというのはなんとも不思議なものである。 クリスマスとは名前が違うが、私は私の信じる神に祈りを捧げながら、この催しを楽しもうと思う。 だが、その日（以下、セラミスデイ、という）は私にとってもう一つの意味を持っている。

	アウラ
	「今年で丸2年、か……」

	ルイーザ
	「そう……ですね。早いものです。今でも王太后陛下の優しい笑顔をはっきりと思い出せます」

	アウラ
	「私もだ……母さんの優しく柔らかな声……それすらも、私は未だ脳内に刻まれている」

	ルイーザ
	「…………」

しばしの沈黙。 もう一つの意味。それは私の母、ソフィア＝キストラーの命日だということだ。 通常、セラム教では死者への祈りは10月末の「諸聖人と死者への祈りの日」に行うのだが、 死んでから数年の間は命日にも祈りを捧げる事が通例となっている。 セラミスデイは私にとって、あと数年は亡き母への追悼日でもあるのだ。

	ルイーザ
	「今でも時々思い出します……王太后陛下が、私の村を救って下さった事を」

ルイーザが沈黙を破る

	アウラ
	「そうか……もう何年になるんだった？」

	ルイーザ
	「陛下がまだ王太后陛下のお腹にいらっしゃる時でしたので……14年ほど前になります」

	ルイーザ
	「当時の私は13歳……今の陛下と同じ年齢でしたね」

———————————————————————————————————————————— ヴァイス公国領内の山間にある農村、エストル村。 酪農が主要産業で、ここで出来たチーズやバターは絶品のものだと高い評価を受けている。 （公国が簒奪者に奪われ、魔軍の支配下になって以降はひどい状態になっているそうだが……） 14年前、この小さな農村にある事件が起きた。とある企業が、エストル村の近くの森に産業廃棄物を不法投棄していたのである。 その情報はまもなくニュースで知れ渡り、その企業はそれが原因で倒産した。しかし、事はそれで収まらなかった。 現地調査の結果、廃棄物の影響で広範囲に土壌汚染が認められたのである。その範囲はエストル村の一部をも含んでいた。 このニュースが報道された後、エストル村産のチーズやバターは高い評価から一転、危険物扱いされるようになってしまった。 確かに、一部酪農家の牧場内には汚染された草があった。 しかし、大半の農家においては汚染の影響を受けておらず、影響があった農家もすぐに該当する草で作った干草などを廃棄した。 村も総出で汚染物質がないことを調べ、結果、既に販路に乗せたものも含め全製品において安全性に問題はないと明らかにしたのである。 加えて、その情報を裏付けるデータも公表してきた。 にも関わらず、風評被害はそれだけでは到底収まらない速度で広まっていってしまったのである。 当時のマスコミが危険を煽る様な報道に終始したこともあり、果てには冷蔵庫内のエストル産の品をそのままゴミ箱に捨てる家庭まで現れた。 村はいくら安全を訴えても製品を捌けず在庫を抱えるばかりになり、離農を検討する農家も出始めたという。絶望の境地に、村は追いやられた。 ルイーザは一農家の娘だったが、そこも全く製品が売れないため貯金をどんどん切り崩していかざるを得なくなった。 精神的にも憔悴していく両親の顔を、当時のルイーザはまともに見ていられなかったと語ってくれたことがある。 そんな時だった。当時私をお腹の中に抱えていた母が、エストル村に赴いたのは。 母は、村に着くとすぐに危険性がないと判を押された製品を購入し、その場で得意料理のマカロニ＆チーズを作った。 そしてそれを自分は勿論、従者や警備の者、村民に至るまで振る舞い、小規模なパーティーを行ったのである。 その時、母はこう述べた。

	ソフィア
	「本日頂いたチーズやバターはとても風味が良く素晴らしい料理の素材となってくれました。 この村の製品に匹敵するものはあれども、これを超えるものは私は今まで口にしたことがありません。 生産者の方が余程多くの愛情と丹精を込めて業務に当たっているのだということがよくよく感じられます。 お腹にいる私と公王陛下の子供にも、とても素晴らしい栄養となることと思います。 今、この村は大変な事件を経験し、苦境に立たされています。確固たる安全性を確保されているものがそれを否定され、 村民の方々が懸命に作り上げたこれらの製品を食べてもらえないという事態を聞いていると心が痛みます。 不安を抱える国民は多いと思いますが、どうかこれを機に互いに手を取り合えるようになることを祈っています」

その様子が報道されてから、マスコミはパッタリと風評被害を煽るような報道を止めた。 都市部の商店も、きちんとデータを確認し、安全性を確認したものについては取り扱いを再び開始。 消費者も、「王妃陛下の頂いたチーズやバター」を求めるようになっていったのである。 ————————————————————————————————————————————

	アウラ
	「エストル村の事件より少し前、母さんは「外国人が王妃になった」ということであることないことを言われていた」

	アウラ
	「母さんが父さんと知り合ったのは、母さんがヴァイス公国の国籍をとり、セルリア正教に改宗して洗礼も行った後だったのだが、一部の「伝統主義者」が人種すら違う者を王室に入れることに大反対していたのだよな」

	ルイーザ
	「はい。「王室崩壊の始まり」だとかなんとか、散々な言い様でした。王太后陛下はそれが原因で心労に倒れられた……」

	アウラ
	「だがそれが報じられると途端にバッシングを広げていた雑誌などに抗議が殺到し、そこでバッシングが終わった」

	アウラ
	「その数ヶ月後、母さんは回復し、私を身ごもって……まさにその時、だったのだよな」

	ルイーザ
	「はい。多大な心労からようやく回復され、子を宿されて……自分のことだけで手一杯と言っても誰も非難しない状態でした」

	ルイーザ
	「それにも関わらず……王太后陛下は、私の故郷を救って下さったのです。そのご様子はまさに「法王聖下の名代として民の為に祈り、民を想い、愛する」キストラー家の伝統そのものだと感じました」

	ルイーザ
	「あの日以降、私は王室を守る役職に就きたいと強く願い、そしてキングズガードとなりました」

	アウラ
	「お前がキングズガードになって以降のことは、私も知るところだな。私を幼少期から、しっかりと鍛えてくれた。私が爵位と王位を継承し、キングズガードがクインズガードになった後も、お前はよく尽くしてくれている。本当にありがたいことだ」

	ルイーザ
	「もったいないお言葉……感謝致します」

	アウラ
	「この絆も、母さんが紡いでくれたものだ。セラミスデイ当日は、二人でよく祈ろう」

	ルイーザ
	「そうですね、陛下」

もうすぐ迎える聖誕祭。様々な想いを胸に過ごす。私は、主と母を想おう。 夜が長くなる時期は、もうすぐ終わる

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

ここ、最先端探索拠点を越えてしまえば、そこはもう未開の海だ。
アウラ達のような探索者たちがどんどん先へ進めば、
後々海底探索協会が、このような拠点を設けていくのだろう。

この先はどんな危険が待ち受けていても不思議ではない。
誰も踏み入れたことのない場所なのだ。
準備を怠らず、慎重に進むといい。

どのような生き物が居るのか、どのような未知が、はたまた宝が眠っているのか。
それはこの先へ自ら進んでいく者にしかわからないのだろう。

海は、まだまだ先へと広がっている。