「こうしてしじみたちは、試験に合格して、晴れて探索者になったんだ。」 黒い着流しに黒髪の少女は、手のひらを眺めながらそう語り続ける。 子どもたちはその様子に目を輝かせ、きっとそこに、胸躍る物語が書かれている本でも 想像していることだろう。 「この後は、協会の手続きや冒険の準備をしていたようだ。 　他の探索者たちには、仲間を募る者もいただろうし、はじめから組む相手と一緒に来た者もいただろうね。」 その様子を微笑ましく感じながら、少女はページをめくる仕草をしてみせた。 「さて……記念すべき探索の第一日目。 　しじみたちが遺跡でみたものとは——」 ———————————— しじみたちが試験に合格したと言っても、信じてくれる人は居なかった。 仲間になって欲しいと言っても、話を聞いてくれる人は居なかった。 シュナイダーさんとの試験を先に済ませてしまったせいで、 戦うところを見た人は少なかったんだ。 探索協会に早く着きすぎてしまった誤算だった。 誰だって、強い人と仲間になりたがっていたからね。 仕方ない、それなら予定通り、自分たちだけで探索してしまおう、 だって、これで当面は、探索者たちに襲われる心配はないんだから。 辿り付いた遺跡は、おおきな、おおきなお城だった。 流れてきた砂に埋まりかけた、白い石造りのお城は、 砂の波に取り残されてしまったよう。 あちこち穴が空いていて、中は海水に満ちてしまっていたけれど。 天井の手近な穴から中に入ると、中は暗くて静かだった。 陽の光が届かないせいか、妙に水が冷たく感じて、カニくんはぞくりと震えた。

	しじみ
	「外から見るより、ちょっと深そうだね。」

	カニ
	「底が見えへんで……」

中は広く、先は見通せない。慎重に進むにも、あちこちに崩れた柱や天井が横たわっていて 床も斜めに傾いていた。 歪んだ通路は上へ下へ、何度も抜けた床や天井を行き来しなくてはいけなかったし、 壁は抜け、瓦礫が塞いで、また崩れて。どこが正しい通路だったのかもあやふやだ。

	しじみ
	「広い上に、入り組んでいるね。」

	カニ
	「こういうときは身体小さくてよかったと思うわ……」

瓦礫の間をすり抜けるように、静かに静かに進んでいく。 そんな調子だったから、お城の中の広さがわかってくる頃には、 日はとっぷりと暮れてしまっていた。

	しじみ
	「だれか、そこに居るのかな。」

しじみが不意に声をあげた。 砂の中から、こぽりと泡が立ち上るのが見えたんだ。 応えるように、砂はぼう、と光を放った。 青白い、月のような光とともに、声がしじみたちに向けられる。

「ここにいるよ、あたしはただの年寄りさ。 賢者だの、古き貝だの、要石だの。呼び名はいくつかあるがねえ」

しわがれた、老いた声が砂の中から聞こえる。 声が伝わると、水が更に澄んで、しんと冷えた。 このお城の中に入ったときから、少し魔力が薄い気がしていたけれど ハッキリとわかるくらいに、海水から魔力がなくなっていくのがわかった。 しじみはただならぬものを感じて、殻をぎゅっと硬く閉じながら、さらに訪ねた。

	しじみ
	「この水の魔力を抜いたのは、あなたなのかな。」

「あたしはなんにもしちゃあいないよ。ただ息をしているだけさ。 それに、ここはあたしの中だから、何をしようが勝手だよ」

	カニ
	「中て……腹ン中ってことかい！いつの間にやりおった！」

「騒がしいのは嫌いだよ、カニ坊主。 勝手に入り込んできて、やりおったとはどういう了見だい」

わずかに苛立ちを含んだその言葉とともに、お城が震えた。 横たわる瓦礫たちも、白い壁も、どくん、とひとつ脈打つように。

	カニ
	「ひええ…っ、な、なんや…何が起こっとるんや」

そして、砂の上に、ごとり、ごとりと石が落ちた。 スキルストーンだ。

「嫌だねえ、歳はとりたくないものさ。少し心を動かしただけで、漏れた魔力が固まっちまう。 こんなものがあるから、ヒトどもがここに来てしまう」

再び、遺跡がどくんと震えた。 ばちん、ばちん、と音をたてて、生まれ落ちたスキルストーンたちが粉々に弾けていく。

	しじみ
	「……あなたは、かみさまなの？」

「それはあんた次第だよ。呼びたきゃ勝手に呼べばいいさ」

	しじみ
	「かみさまって、何なんだろう。 何のためにぼくらを産んで、何のために意思を与えて、何のために……」

「そいつも、あんた次第だよ。そうさね……知りたきゃ他の要石にも会っておいで。 あたしを含めて各海７つだ。そうすれば見えてくるさ、かみさまってのがなんなのか」

そうしてふうと息をつくと、ごぼりごぼりと泡が出て、真っ白で前が見えなくなった。

「あたしはしばらく潜って寝るよ。ヒトどもに荒らされたんじゃ堪らないからね。 あたしは騒がしいのは嫌いなんだ。会ってきたら、またおいで」

泡が晴れた頃には、目の前の砂も、瓦礫も、建物も遺跡も、ぜんぶ、ぜんぶ消えてしまったんだ。

	カニ
	「え、ええ……遺跡、消えてもうたで……」

	しじみ
	「すごいね……。海って、あんなにすごいものが生きているんだね。」

	カニ
	「遺跡が生きとるっていうのも驚きや……」

登っていく泡の塊を見上げながら、しじみたちは海の大きさを改めて知らされた。 その日の探索はそこで終わり……なら良かったんだけれど、そうも行かなかった。 泡を突き抜けて、海の生き物の群れがしじみたちをめがけて襲い掛かってきたんだ。

	カニ
	「ちょ、ちょちょちょ！何あの数！十や二十やないで！絶対あかん！逃げ、逃げえ！！」

	しじみ
	「わかってる。カニくん、準備はいい？思いっきり飛ばすよ！別の遺跡に逃げ込むんだ！」

海に一条、彗星のようにたなびく白い尾を持つ塊が水を切り突き進んでいく——。 しじみたちは、逃げ込んだ遺跡でまた敵と出くわした。 恐ろしい外見の怪物、ってわけじゃないけれど、しじみたちにとっては命の危険を感じただろうね。 それにしたって、外の群れよりはだいぶんましに思えたけれど。

	カニ
	「あかん！囲まれとるで！」

	しじみ
	「探索者さん！手を貸して。ぼくも一緒に戦うから！」

そこに居合わせた2人の探索者は、両方とも人の格好をしていた。 一人は動く銅像で、一人は浅黒い肌の少女。 お互い、突然の敵に驚いていたし、 銅像が動いていて、少女は水着に寄生されていて、しじみが泳いで喋っているのだから、 驚いたり焦ったりで大変だ。 そんなしじみたちにお構いなく、おおきなナマコと、おおきなヒトデは、今にも飛びかかろうと迫ってきていた。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

（あなた）は、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。