テリメインに到着しての初日は、海底探索協会への探索者登録の手続きに費やされた。 協会は人で賑わっており、訪れた探索者は初日だけで千五百人を越えたそうだ。 翌日も午前中は実力試験を受け、自由になったのは午後。それから妹とそれぞれ分担した役割を果たすために別れた。 そして今、お互いの成果を報告するために厨房に居る。 陽はとうに海の中へ沈んでしまっていた。 「今日はお疲れ様でした、シオネちゃん。 それじゃあ、早速で悪いけど情報共有を済ませちゃおうか」 妹へそう声を掛けてから、壁に掛かったメモ書き用のホワイトボードの前に立つ。 一緒に居ない間、何かあったか大変気になるところだ。 特に試験で怪我などはさせられていないだろうか。 もし、そうだとすればもう一度試験を受けに行かねばならない。 「試験はクリアしたよ。呼吸がまだ慣れない。 とりあえず周辺をぐるっと散策してきたけど……まあこんな感じか、ってとこ」 手を組み銀の壁に寄りかかっている妹へ、ゆっくりと近寄る。 「怪我とかはしてない？大丈夫？痛くなかった」 心配そうに問いかけながら、ペタペタと頬や肩に触れた。 綺麗な顔に傷でも付いていたら大変だ。 「触らないでよ」 肌に触れた手が、疎ましげに払われる。 「いちいち大げさ。これからどんどん深くまで潜ってくのに、模擬戦でこんな、過保護すぎ。迷惑だから」 「大丈夫ですよ！これからは一緒に行動できますし。お姉ちゃんが守るからね！」 すげなく手を払われたことは気にもとめず、そんな言葉を返す。 妹の大きなため息が聞こえた。 「料理の調査は大して進展してないけど……このあたりには生物が居るね。イワシ、ナマコ……それからヒトデか。食べられるかは分からない」 「イワシは良いですね！そのまま調理しても良し、塩漬けにしても良し。 ナマコ、はアジアの方で食べることもあると聞いたことがある気がするけど……ヒトデって食べれるのかな？」 小さく首を傾げて、考え込む。 アジアの方ではなんでも食べてしまいそうだ。そんなイメージがある。 「でも、しらすに水牛も含めて考えると、どうも私達の世界と変わらない生物も生息しているようで安心できますね」 もちろん味や質に違いがあれば色々と考える必要はあるが、とりあえずこれまで身に着けた技術で対応は可能なようだ。 ナマコのような扱ったことのない食材や見たこともない食材の研究に時間を裂く分、即戦力になるような食材があることは有難かった。 「私の方の成果は、漁業組合への顔出しと……業務提携の依頼がありました」 イワシに始まり漁業組合までのワードをホワイトボードへと書き込む。 そうしてから、右半分の空白、その上の方に大きく業務提携と書き込み、赤丸を付けた。 「そうか、漁業組合、こっちにもあったか。それは運がよかった」 漁業組合があるのを発見はしたが、時間がなかったので本当に顔を出す程度だった。 食材仕入れなどについては、これからの交渉次第だろう。 「で、本題が」 「テリメインの海中を巡航するホテル、“八四〇一”がこの度試用運転を始めたそうです。 そちらの、代理管理人の方から料理やお酒の提供を依頼されたんだ。私は受けても良いと思うんだけど、シオネちゃんはどう？」 沈没船を改装したという海中巡航ホテル“八四〇一”。 また試運転中にて、これから改装を重ねていく予定であり、厨房もシェフも用意できていないとのことだ。 冷めても大丈夫なものをこちらから配達するという形になるだろう。 配達の手間は掛かるだろうが、宣伝効果と店での売上の他に収入が出来るのは大変有り難い申し出だと思った。 「ホテルとの業務提携……かなり良いじゃない。大口の依頼だね。 もちろん賛成するけど……そうなると、色々と調整が必要になるね。仕入れは今以上にシビアになるし、そっちに手も回さなきゃいけないな……まあいいや。そのあたりは後で一緒に詰めよう。 そのときにでも売上予測、切り直さなきゃね。資料の用意はお願い」 「良かったー。それじゃあ、提携ということでお返事しておきますね。 ええ、資料とかは私に任せて。どの料理を回すか、メニューを考えなきゃですね。 末永くお付き合いが出来るかは、腕の見せ所ですね！」 妹の反応に、満足気に頷きを返す。 料理の腕、特に妹の実力に疑いはない。 れども、この世界に来て改めて感じる隔たり。 文化の違い、世界の違い、種族の違い。 それらが、味覚にどれほど影響を与えるだろうか。 「さて、次は新メニュー開発の方ですが。シラスと水牛の方、食べることは出来ました？」 「一応、シラスは踊り食いで、水牛は100%ハンバーグで。なかなか良かった。 シラスと水牛以外は見知った食材だったから、再現もできると思う」 「お、踊り食いってあれだよね、なまで生きたままチュルチュルっと……。 ど、どうだった？」 そういった風習がニホンの方ではあると聞いていたが、実際に試したことはない。 試そうと思ったこともない。 噛みつかれたり、跳ねたりはしないのであろうか。 「美味しかったよ。 ただ、やっぱり人によっては抵抗がありそうだった。それに生きたままのシラスを手に入れるのはなかなか難しそうだね」 「そうですね。水槽とかも必要でしょうし……。 でも、生でイケるし100％でハンバーグが作れるって事は素材が良いってことだよね。素材の良さを活かしていきたいね」 妹が再現できるとは言え、全てを真似るつもりはなかった。 先にこの世界で営業している相手を丸々真似したところで勝ち目は無い。 自分たちの強みを生かして、別の方向から切り込むかアレンジを施さなければ。 「けと一番の収穫は、ウチの味は多分ここでも通用するってこと。今から姉さんのレシピを見るのが楽しみだ」 「シオネちゃんがそう言うのなら、安心だね！これで、自信を持って料理をお出しできます」 妹の舌には絶対の信頼を置いている。 その舌が、大丈夫というのならばもう思い悩む必要もないだろう。 「それじゃあ早速試してみようか……シオネちゃん、お手伝いよろしくね」 小さく手を叩いて、調理台へと向き合う。 そこには二種類の白い食材。 塩ゆでされたテリメインシラスとテリメイン水牛のブッファラが並んでいる。 さて、この素材をどう調理していくべきか。 目を閉じて、ゆっくりと思考を巡らし初めた。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

（あなた）は、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。

——辺りは穏やかな潮の流れと、ちらほら入る光で暖かい。
まだまだ遺跡は先へ続いている……。

オリナは周辺を探索…………。

焼き貝を手に入れた！