「これ台本あるのかな……前もこうだったような 」

	「豚挽肉の加工依頼でありますか？ 」

	「ひんっ 」

人魚とオークのやりとりを見ていた少女の耳元に、囁き声が放たれた。 　声は彼女の水着から生え出た触手から発せられており、その先端には顔のような物が形成されている。

	「どうしたのでありますか？ 」

	「苦、しっ……！ 」

	「これは失礼、圧迫してしまったのであります。次からは全体面積ではなく不要部分を削るのであります 」

触手が生えたその水着は肉を引きちぎるかのように食い込み、少女の幼い体つきががはっきりと浮かび上がった。触手が水着へ同化していくと、体の拘束感が緩み少女は胸をなでおろす。

	「テストだから挽肉はダメだよ？ 」

	「なるほど実戦形式の性能試験……良い機会なのでついでに感覚器の試験もするであります 」

	「へ？ 」

少女が聞き返すと同時に感覚が変質した。それまで何も感じなかったのにまるで冬の海に入ったかのような鋭い冷気が体を襲い、砂漠に描かれた流砂のように風の動きが読み取れた。床に面した足裏は針の山を歩いているようで、激しい苦痛を彼女に与えた。

	「こ、れっはっ！？ 」

	「今まで再生の為に遮断していた触覚の九割を蘇らせたのであります 」

	「こ、の……！ 」

——畜生が。 　少女は言葉を呑み込む。全身に突き刺さる皮膚感覚の中、涙を眼に浮かべつつも顔をあげた。 　以前の彼女であればオーク相手でも渡り合えたが、今ではリーチも短ければ筋力もない。 　——どうしてこんなことになったのか。 　少女は生まれたての子鹿にタップダンスをさせた後のように膝を震わせつつ、自身の運命を呪いながらオークへと対峙した。 ◆

	「正義の名の下に世界の平和を守る！　これが自分に課せられた使命なのであります！ 」

鉄の部屋に子供のような声が響いた。 　無機質な部屋の中央には裸の少女と一匹の黒い不定形の生物が向かい合っている。

	「外見の割に言うことがまとも…… 」

	「見た目で判断とは非合理的であります！ 」

	「ご、ごめん。あなたは正義の味方なのね。えっと…… 」

	「本艦はフルオートメーションバトルシップS05-s型潜航艦アイアンメイデンであります！ 」

	「アイアンメイデンさん？ 」

	アイアンメイデン
	「本艦は特殊階級の為、敬称は不要であります 」

	「あ、はい。アイアンメイデン……。私はメイカ。メイカ・ダヴサブレー 」

	アイアンメイデン
	「なるほど。では早速、平和を守る為に共に悪を根絶やしにするのであります！ 」

	メイカ
	「え、は？　根絶やし？ 」

	アイアンメイデン
	「平和とは争いの無い状態の事であります。その為、手始めに捕食者となる魚介類の奴らを皆殺しにするのであります！ 」

	メイカ
	「ちょっと待って！？ 」

	アイアンメイデン
	「何か問題があるのでありますか？ 」

	メイカ
	「ありますですハイ！　そ、それだと平和な世界じゃなくて死の世界っていうか！ 」

	アイアンメイデン
	「なるほど！　つまり死の世界は平和な世界、デェッドイィズピィス！　という訳でありますね！　データベースの更新が必要であります！ 」

	メイカ
	「ストップストップ！　正義はどこに行ったの！？　行方知れずの正義くんの事お母さんとっても心配してるよ！？ 」

	アイアンメイデン
	「なんと正義喪失でありますか！？　あまりの驚愕にデフラグを始めてしまいそうであります 」

	アイアンメイデン
	「しかしそれならば正義とはどのような物なのでありましょう 」

	メイカ
	「えっ、それはその 」

	メイカ
	「……困っている人を助けてくれる……そんな存在が正義、なのかも 」

	アイアンメイデン
	「なるほど！　完璧に理解したのであります！　まずは困ってる者を量産する為、世界に破滅をバラまくのであります！ 」

	メイカ
	「完璧に間違ってるよね！　マッチとポンプが手を取り合ってフォークダンス踊ってるよ！？ 」

	アイアンメイデン
	「しかし手段を選んでいては作戦計画に確実性と迅速性が足りないのであります。ハリーアップ！ 」

少女は頭を抱えた。

	メイカ
	「……そ、そうだ！　私を助けてくれたんだよね！？ 」

	アイアンメイデン
	「確かに救難信号はキャッチしたのでありますが、既にほとんどの細胞は機能を停止しており手遅れだったのであります。これにはアイアンメイデン酷く無念 」

	メイカ
	「きゅうなん……？　で、でも漂流してた私を助けてくれたって事だよね！　それこそが正義なんじゃないかなーって思うよ！ 」

	アイアンメイデン
	「使えそうな有機材があったので、そこから貴殿を探査ユニットとして再構築しただけであります 」

	メイカ
	「ど、どんな理由であれ、あの怪我から助けてくれるなんて凄い事だよ。体は小さくなったし記憶もちょっと曖昧だけど 」

	アイアンメイデン
	「体が小さいのは欠損が激しく有り合わせで合成した為であります。脳は予備演算機とする為に残しただけで、記憶はその副産物であります 」

	メイカ
	「でもきっとそれは正しい事 」

	メイカ
	「助けてくれてありがとう 」

	アイアンメイデン
	「それはもしや……感謝？ 」

	メイカ
	「え？　うん、そうかな……？ 」

	アイアンメイデン
	「んほー！ 」

	メイカ
	「と、突然飛び跳ねてどうしたの……？　 」

	アイアンメイデン
	「困った者を助けると感謝されるのでありますね！　なるほど！　これが功績の承認！　勝利の快感というやつでありますな！？ 」

	アイアンメイデン
	「もっと誉めて！！ 」

	メイカ
	「……え……。う、うん、いいこいいこー 」

	アイアンメイデン
	「んほー！ これが正義！？　これが平和なのでありますか！？　フゥーーー！ 」

プロペラのように音を立てて回転していた触手は、興奮するように少女の身体に巻き付く。

	メイカ
	「ひゃっ！　な、なにっ！？　やめてっ 」

	アイアンメイデン
	「善は急げ！　であります！　さあ！ 」

	メイカ
	「さあってどういうこと！？　ええーっ！？ 」

触手は彼女の胴体に広がると、まるで紺色の水着となるように体を変質させた。

	アイアンメイデン
	「これで外に出られるのであります！　貴殿の構築に使われた本艦の細胞はマスター細胞から離れると帰巣本能が刺激されて身体がバラバラに引き裂かれるので、この艦の外では気をつけるのであります！ 」

	メイカ
	「さらっと不穏な事言われた気がするんだけど！　えっ何それ本当に大丈夫！？ 」

	アイアンメイデン
	「肌身離さなければ大丈夫！ さあ困っている者を探しに行くのであります！ 」

◆

	メイカ
	「うわっ凄い夕焼け……。表現する語彙力がない…… 」

狭く暗い廊下の先、梯子を登ったその上に出口はあった。 　彼女が蓋を開けてその穴から身を乗り出すと、真っ赤に燃えるような夕日が海の中へ沈みつつ彼女を出迎える。まるで絵画の世界からこぼれ落ちたような鮮やかな黄昏は、彼女ごとキャンパスを朱色に染めた。 　彼女が出てきた流線型の形をした黒い鋼の塊は波を掻き分けて海を進んでいる。水着となった黒い触手の言う通り、それは艦船のようだった。

	アイアンメイデン
	「索敵ソナー—— 」

	アイアンメイデン
	「——は破損しているのでありました。ええっと、近隣基地に修理依頼—— 」

	アイアンメイデン
	「——も通信設備が破損。補修—— 」

	アイアンメイデン
	「——を行うにも補修材が……ぐぬぬ 」

	メイカ
	「あ、あの！　さっき言ってたのは本当？　私はあなたから離れると死んじゃうの？ 」

	アイアンメイデン
	「ん？　死という概念はよくわからないのでありますが、群体活動は停止するのであります 」

	メイカ
	「そ、そんな……。どうにか元に戻してもらうとかできませんか 」

	アイアンメイデン
	「却下であります！　本艦の手足として作戦行動を遂行するユニットとする為に生態パーツを組み上げたのであります！ 」

	メイカ
	「むむ…… 」

	メイカ
	「……元に戻してくれたら、とっても感謝しちゃうんだけどなー？ 」

	アイアンメイデン
	「感謝っ！ 」

	メイカ
	「あっ釣れた 」

	アイアンメイデン
	「……しかしそれは無理なのであります 」

	アイアンメイデン
	「現在貴殿の体組織内では本艦の細胞と貴殿の細胞が絶妙なバランスを維持しているのであります。これ以上本艦の細胞が増えると貴殿の体を食い尽くし、逆に減ってしまうと貴殿の細胞が拒絶反応を起こしてしまうのであります 」

	アイアンメイデン
	「今の状態では再度体組織を構築し直す事はもちろん、下手に弄ろうとするだけで機能不全を起こすのであります 」

	メイカ
	「そ、そんな……！　じゃあ私はこの先ずっとこのまま……？ 」

	アイアンメイデン
	「そうでもないのであります。代謝や成長と共に、損失分を補填していけばそのうち元通りになるのであります 」

	メイカ
	「そんなことができるの……！？ 」

	アイアンメイデン
	「ざっと３０年ほど経てばスッキリポンであります！ 」

	メイカ
	「長ーい！！ 」

少女はその場に崩れ落ちる。

	メイカ
	「うう……私の人生はこんな船の上で…… 」

	アイアンメイデン
	「では元のまま魚の餌になっていた方が良かったのでありますか？ 」

アイアンメイデンの言葉を受け少女は考える。 　蘇る深海の記憶。故郷から離れこの海に来た理由。彼女は首を横に振った。

	メイカ
	「……ううん 」

	メイカ
	「私ね、故郷に弟がいたの 」

	アイアンメイデン
	「興味無いのであります 」

	メイカ
	「ええ！？　ここから聞くも涙、語るも涙の回想シーンが始まるよ！？ 」

	アイアンメイデン
	「アイアンメイデンの任務には全く関係ないのであります。それよりも困ってる者を探して平和を守るのであります 」

	メイカ
	「たぶん今一番困ってるのは私だと思うよ…… 」

少女は溜息をつきながらうなだれた。

	アイアンメイデン
	「確かにその意見もまた一理。であれば、その体を元に戻す方法も一緒に探すのであります 」

	メイカ
	「……いいの？ 」

	アイアンメイデン
	「それも平和の為であります！　でもデータベースには該当する情報が存在しないので最悪３０年待つのであります 」

	メイカ
	「そんなに待ってたらおばあちゃんになっちゃう…… 」

	アイアンメイデン
	「なら急ぐのであります！ 」

その声に呼応するように船の駆動音が大きくなり、水面を進む速度が上がった。潮風が肌を撫でる。

	アイアンメイデン
	「まずは情報収集であります！　しかし本艦さっぱり迷子！ 」

	メイカ
	「無目的に動いてるの！？　遭難待ったなしだよ！？ 」

	アイアンメイデン
	「きっとどこかに辿り着くのであります！　出発進行ー！ 」

◆ 　少女達は紆余曲折の末に探索者協会に辿り着き、情報収集の為に登録申請を行った。 　その流れは以前少女が登録した時と同じだ。違うとすれば、以前と身体性能が違う事と——。

	アイアンメイデン
	「援護は任せるのであります！ 」

——文字通り一心同体となった相棒がいる事だろう。 　彼女は鋭敏となった触覚に涙を滲ませつつ、水着と共にテストに臨んだ。

《海底探索協会》

《海底探索協会》

アイアンメイデンは周辺を探索…………。

今回はアイテムを見つけることができなかった！

アイアンメイデンは魔力を訓練した。
アイアンメイデンは魔力を訓練した。
アイアンメイデンは魔力を訓練した。
アイアンメイデンは魔力を訓練しようとしたが、EXPが足りなかった。
アイアンメイデンは魔力を訓練しようとしたが、EXPが足りなかった。

目的の決定