「という訳で修正してみたけど、 　ちゃんと着れそう？」 「……サイズ修正はすぐ済むのに、 　デザイン修正は出来ないんですね……」 「……色変えもデザイン修正も出来ると思うけど、 　バニー服の範疇は超えれないと思うよ。 　ウサ耳あるし、 　そもそもゴテゴテした装飾はいざという時に、 　泳いで逃げる邪魔にしかならないと思うから。」 「……」 ジトっと恨みまがしくサイズの調整をしてくれた彼女をみやるも、 目線を完全にこっちからそらしているため効果がない。 しかたないので、溜息を一つ吐いて、 再び試着する。 軽く動いてみても、 ピッタリしたサイズのそれがずれる様子も、 動きを阻害する様子もない。 微妙に感じる窮屈さと、 多大に感じる恥ずかしさに関しては、 もはやどうしょうもない処だろう。 故に—— 「——特に問題はないかと。」 問題なくゴーサインを出す。 「オーケー。 　それで、この後そのまま正式に受領後出立でよかったっけ？」 「ええ。その予定ですが……」 「分かった。 　それじゃあ、基本的な装備の説明を簡単にすませて、 　詳しい説明書とその他支給品、 　それから……」 「コートの用意できますか？ 　向こうについてからは兎も角、 　ここにいる間はせめてそれくらい身に着けておきたいので。」 「問題ないよ。 　それじゃあ、説明始めるね。」 なんていいながら、 即座にコートが出てきた辺り、 コートを要求するのは想定していたのだろう。 それにしても…… 「……で。 　説明書と支給品の代わりとばかりに、 　バニーガール用のカフスが出てきたんですがこれは……？」 「……腕輪にしようと思ったけど、 　衣装に合わせてかな。 　——世界に異能や魔法の存在があるのは知ってる？」 なんでこんなものがと思いつつしげしげと眺めていると、 急に真剣な顔をして問いかけてくる。 世間一般では触れる機会もなければ、 知ることも無き異能に魔法。 だが—— 「知らなければ選ばれもしないと思いますが。 　私とて一応レベルの異能者ですし。 　……日常に便利レベルで、 　特に今回行く場所とは相性最悪だから恐らく使えない程度ですけど。」 「まぁ、それはそうなんだけど、 　たまに規格外がいる事もあるからね。 　一応よ一応。 　なら——細かくは説明しないけど、 　格納……この世界とは異なる空間に物品を収納する、 　そんな特性をもった所謂マジックアイテムがそれ。」 「……」 態々こんな形にしたの？ と生暖かい目で見る。 すると慌てたように—— 「ち、違うのよ。 　正確にはそれに縫い付けられたボタンが肝。 　"開放"と念じながら触れる事で、 　収納が可能に、 　使い終わったら"閉塞"と念じてもう一度触れて。 　誰か他の人に盗まれても、 　世界が違えばニュアンスが微妙に違うから、 　悪用される事はないと思うわ。 　こちらの世界で使うなら——もっと調整が必要だと思うけど。」 「……それでも大切なものが入ってる上に、　 　貴重なものですし、 　無くしたり取られないように気を付けないといけませんね。」 「ええ、そうして。 　それで…… 　まぁ、色々装備はあるんだけど、 　説明しておかないといけないのはこれ以外だと３つ。」 「……三つ。」 思ったよりも少ないと考えていると、 さもありなんと向こうも想定していたようで、 「少ないと思うけど、細かいのとかオプションつけたら、 　もっと膨大になるけど、 　一つ一つ説明なんて、 　そんな時間ないもの。 　だ・か・ら——特に肝心になるシステムだけ。 　まず、呼吸水圧その他に関しては現地にあるスキルストーンを、 　そのバニー服のシステムの機動の根幹である、 　エネルギーコア…… 　うさぎのしっぽに近づければ勝手に取り込んでくれるわ。」 「……」 そんな肝心なシステムをそんな扱いにして大丈夫かという目を向けるが、 完全に気にした様子はないらしい。 もうそういうものとして妥協というか、 諦めるしかないだろう。 「で、次に肝心なのはバリアシステムね。 　多分これが命綱になると思うわ。 　エネルギーが一定量以下になったら緊急展開と推進力重視にる。 　その時バリアが赤くなって警告音がなるから、 　即座に離脱して。 　その状態で戦闘を続けてもいいけど、命の保証は出来ない。 　戦闘能力に秀でてるなら——」 「残念ながら、戦闘なんてしたことはないですし、 　肝心要の異能は戦闘に使えません。」 「そして、魔法の類があったとしても、 　向こうでは使用不能。 　だから何があっても離脱を優先して。」 「魔法ももともとつかえないけどいわれるまでもなく。 　生存を重視させてもらいましょうか。」 お手上げといったように首をふると、 満足げに頷いた彼女に、 微妙なくやしさが沸き上がっては来るが、 実際の処、 私に出来る事はなく、 命の要が脅かされたとき、 できるのはただ一つ。 逃げる以外に他ならない。 「それで最後——というより、 　この装備の特性そのもの—— 　……実はね。これ…… 　医療用なのよ。」 「……えぇ？ 　もう一度いってもらえますか？」 聞き間違いだろうか。 今、明らかに聞き捨てならない単語が出てきた気がするのだが。 「医療用なのよ。」 「表に出てもらえますか？ 　一発といわず百発ほど殴らせてもらいたいのですが。」 「ちょ、ちょっと待って！ 　これには深い、深い事情があるのよ、 　だから、それ聞いてから判断して！」 「そればっかりですね。 　あ、メリケンサックの着用はありですよね。」 「いや、ほんと、待ってぇぇぇ！ 　聞いてもらえれば本当に納得できるから。」 間違いじゃなかったと知って、 本気で殺そうと拳を握りしめ、 その意志を言葉にしたところで、 泣きが入ってきたので、 大人しく矛をいったん収め、 話を聞くことにする。 「こほん…… 　ええと、探索でも戦闘用でもなく医療用をメインに組んだ理由は、 　未知の病原体への対策、既知の病原体への対策、 　多大な危険が考えられる為、 　その際の怪我の処置。 　——人員一名という事で、 　現地で人を集め、協力する際にも、 　医療関係の技術の粋を極めたこれがあれば大きく役立つはず。 　そして医療用といっても侮ってはいけない。 　診療の為に分析・解析・サーチ等のスペックは高く、 　医療用レーザー等による攻撃力もゼロじゃない。 　とはいえ、戦闘メインでも探索メインでもない為、 　過信は禁物だけど、 　足りない面は協力者に頼れば問題ない。 　という訳で、医療用をメインに組むのが最適と判断した結果、です！ 　ほら、ちゃんとした理由でしょ？ 　ね？ね？ 　サポートプログラムもきちんと充実してるし、 　オプションがいっぱいあるから、 　困った時は連絡してこちらが開発すれば穴はない！」 ドヤ顔してるのは少しいただけないが、 なるほど、確かに納得できる理由ではある。 納得できる理由ではあるのだが—— 「……理由から先話した方がよかったのではないでしょうか。」 ぽつり、と私がつぶやいた言葉に、 うっ、と彼女は言葉を詰まらせ…… 「……ま、まぁ、そういう事で…… 　——何かあったら連絡を。 　向こうの世界からこっちの世界の通信も、 　用意しておいた通信機を使えばできるから。」 ごまかす様にそういったが、 私は何事もなかったかのように、 「了解。 　それでは失礼いたします。」 装備を整え、 うさみみはとりあえず荷物に入れておいて、 コートを羽織り、 前を絞めると踵を返し部屋を後にする。 「うう、何か知らないけどあとが怖い……」 ——部屋を出た後、 そんな言葉が聞こえた気がしたけどさらっと流して、 そのまま着任の為指定された部屋へ—— 「内閣府特殊資源調達本部所属、妃神綾歌。 　《テリメイン》調査隊隊長に着任。 　ただちに《テリメイン》に向かい仕事を全うします。」 「確かに。 　それでは……直ちに"門"に入りなさい。 　《テリメイン》に繋がっているわ。」 "門"——それは異世界とこの世界をつなぐもの。 青く光り輝く宙に穿たれた穴にしか見えないその前に、 セーラー服に身を包んだ一人の女が立っている。 どうみても高校生にしかみえないが—— この場に立ち、上位者の気配を発している以上、 恐らくはこの計画の責任者の一人なのだろう。 推測でしかないのは、 私は彼女の顔を知らないし、 この計画に携わった上層についての情報は一切ないのだから推測するしかないのだ。 さらに言えばこんな場違いな人間がともなれば当然ともいえる。 ——その権限がない故に。 直ちに入れという事は、 彼女に対して言葉を交わす事も出来ないという事にほかならず。 大人しく無言で穴へと歩み飛び込んでいく。 穴に入る瞬間、女は告げる。 「——楽しんでくるといいわ。 　貴女にとっては仕事だし、 　成果は期待しているけれど—— 　楽しめぬようでは、異世界を生き、 　成果を出す事など出来はしないしね。 　——それじゃ健闘を祈るわ。」 らしからぬその言葉は、 少なくとも私の表情を一瞬ぽかんとさせるに十分で—— 旅立つ前にみた最後の光景は、 そんな私の顔をみて楽しそうに笑う彼女の姿だった。 ＊　＊　＊　＊　＊ 綾歌が旅立った後、 女はひらりと"門"に手を振って、 資料を取り出す。 そこに書かれていたのは妃神綾歌についての調査書。 「妃神綾歌(ひめがみあやか)。 　２２歳、発火能力持ち。 　とはいっても強い能力ではなく、 　精々煙草に火をつけるのがやっと。 　能力については元々家系によるものと思われる。 　その正体は狐火。 　稲荷神社の宮司たるその娘にも、 　古き狐神の血が流れ、 　条件は整っていた。 　とはいえ、能力は完成されており、 　覚醒遺伝という訳ではなく、血が薄すぎる為、 　これ以上の成長も発展もありえない。と。 　元々妃神という苗字も、 　狐神を示唆していたのかしら。 　読みからするとひめなんて読まないはずだけど、 　——ああ、別の女性神系列の神の血の血脈持ちと一緒になって、 　その影響、か。 　とはいえ、そっちの血による力の発現の可能性は０％。 　そして、あの世界。 　正真正銘一般人を送り込むようなものね。 　必要な装備があってなお、 　どうなるかは不明。 　過酷すぎる環境だし、 　特別な才があるわけでもない。 　さて、と。」 女は資料を封筒にいれ——部屋の入口をみる。 そこに佇む老人が一人。 女は老人に笑いかけ、問う。 「——なんで彼女を選んだのかしら？ 　責任も全部貴方が負うなんてリスクまで背負って。 　立場を賭けるにはリスクが高すぎやしないかしら？」 「——答えなんて決まっておるだろうに。」 女の問いに、ふん、と笑って老人は断言する。 「——それでも聞きたいといったら？」 それを愉快そうに笑う女に、 老人は告げる。 「貴女ばかりに負担をかける訳にはいかない、 　さりとて、強者を雇うのでは財政に響く。 　ならば——装備さえあれば一般人でも派遣できる。 　その実績とノウハウをそろえるのが最善、だろう？ 　この老いぼれの政治家生命程度で国の為になるのなら、 　いくらでも持っていけばいい。 　それが礎になる。 　これほど素晴らしい残せるものなどないのだからな。」 違うかねと笑う老人に、 やれやれと女は笑い—— 「——ほんと、 　良くここまでやってこれたものよね貴方。 　誰かが貴方を忘れても、私は覚えておくわ。 　貴方という漢がいたという事を。 　——それじゃ、 　上手くいくことを祈ってるわ。 　それじゃ、これ、返すわね。 　ありがと。 　中々面白かったわ。 　書類の内容も。 　彼女に実際あってみた感想も。 　ふふ——とても、楽しめそうね。」 封筒を老人に手渡し、去っていく。 老人は女の去りゆく背を見て—— 「上手くいかぬことなど何もないだろうに。 　貴女が大丈夫だと判断した以上、 　それに勝る信頼等ない。 　もし失敗するとすれば、 　予想をはるかに超えた—— 　想定外があった場合くらいではあるが……」 無用な心配化とでもいうかの如く、首を振り 老人は溜息を吐いて、女の去った方とは反対の方へ向くと、 「神ではない儂は儂の信じる道を行くだけだ。 　儂は賭けた。 　儂の信ずるべきものを信じ、 　この国の為になると信じて。 　儂の人生を対価としたちょっとした賭けを。 　——安すぎる代償の賭けに負けたとて何も問題はないのだ。 　そうだろう——我が友人よ。 　もしも、儂が賭けに負けた時、 　貴女は……悲しんでくれるだろうか。 　——ふっ……せん無きことだな。まったく。 　本当に儂も老いたものだ。 　今この時になってそんな事を考えるなど——」 そう、ぽつりとつぶやいて、 己のあるべき場所へと歩みゆく——

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

遺跡探索

（あなた）は、この世界の探索者としての一歩を踏み出した。
海底に沈む遺跡の探索——。

誰もがこの海の、この遺跡から冒険の一ページを刻み始める。
とはいえこの辺りはまだまだスタートライン。

もっとこの世界に眠る、謎や宝や未知の生物を目にしたいと願うなら、
このセルリアンの遺跡を抜け、さらなる海域を目指すといいだろう。

海はまだまだ遠く、広がっている。