浅瀬に舟を幾艘も並べた市をレイクニヌは往く。 ドレスの裾にすこしばかり海水がかかる。浮くでなし、沈むでなし。水上を歩むように。 水精の歩みは水の上にあって地上をゆくよりも軽快だ。 「お嬢さん、何の探し物ですか？」 地黒の若い男が舟からレイクニヌに声をかけた。 その緑の帽子をかぶった男は、舟に色とりどりの石を沈まないのか不思議になるほど積み込んだ露店舟に乗っている。 細いパイプからくゆる紫煙はどこの世界のものともしれなかった。異世界人の商人だ。 レイクニヌは正直にスキルストーンの容れ物——トールキンの珠卵と、彼女はそれを呼んでいた——をなくしたのだと告げて、なにか代わりになるものはあるかしらんと尋ねたのだった。 若い男は商人らしく、へぇ、ほぅ、それはお困りでしょう。とレイクニヌの言葉にいちいち相づちを打つ。 商人の曰く「容れ物の材料になりそうなもんならありますがね。うちの自慢の鍛冶師が席を外しておりまして」 すっかり商人の言葉を信用したレイクニヌはその材料を見せてもらうことにして、席を外しているという鍛冶師を待つことにしたのだった。 全くその材料といったらこの世のものではないような夢幻の輝きを持っていたものだから—— -------------------------- ——レイクニヌが輝きに魅入られて、どれほどの時間がたったのだろう。 それほど時間がたったようにはでもないような気もしたし、日暮れが近づいているのも確かだった。 商人とは別の男の声がする。もう少し年かさで、そして少しだけいらついている声だった。 「ルビィが調整してもだめだった。 　海底が杭の術式を受け付けないどころか海中では展開もまともにできん」 「はぁ。おひぃさんでも駄目でしたか。 　……こないだ俺にふったのは、やっぱり無茶ぶりだったんとちゃいますか」 「今思えばな。さて、撤収だ」 「はいよ。 　ああ、でも待っとくれいまし。お嬢さんがまだあくがっとるし、あんたをまっとったんやから」 「俺を？」 男は怪訝げに水上に座り込んで金属塊を眺めるレイクニヌを見下ろした。 何度か二人が声をかけたが、レイクニヌはぼうっとするばかり。 憧る——あくがる——の言葉どおり、心ここにあらずといった状態だった。 年かさの男は、名状しがたい表情で商人を見やる。 「これ、まずいんじゃないのか？」 「かもしれませんなー」 「どうしてこんなになるまで放っておいたんだ」 若い男は自分は他の客の相手をしていたのだと言い募ったが、 それを話半分に聞いて、年かさの男はレイクニヌの目の前で手を何度か振った。 水上の露店は明かりがつき始め、客層もかわってゆく時間帯だ。 意識の朦朧とした少女を囲んで男二人が何事か相談しているという見た目の状況が男の胃を冷たくさせた。 「おまえのことだから、この子のこと、何かきいてないのか？ 　さっき何かまずいものを食ったとか……」 「そういう話は聞いとりませんがなぁ……。 　何でもその子は異世界から来た沼の精で、 　テリメインの海中で使える魔法装具を探しているってくらいで」 「はぁ。それでこの子が見てる、これは？」 「テリメインの月の海ちゅうところで産出したっていう金属結晶ですわ。名前は水亜淵憧鉱≪ティシティセナイト≫。 　何でも迷いの海域で人の心を映し出すって石で、魔法とも水の精との相性よさそうでっしゃろ。」 「……」 「ゆーても、原石のままやと使いもんにならしまへんから、 　あんさんに、なんぞええ形にして貰おうおもて……はれ、どないしたん？」 年かさの男はため息を一つ。「恐らくだが」と、レイクニヌの見入っている金属塊に手をかけ、彼女の視界から外す。 「相性がよすぎたんだろう。 　心を写す石と沼の水面。合わせ鏡になって光も意思も進みどころを失った」 「はぁ。それで…… 　ああ、嬢ちゃん。気がつかれました？」 「………」 レイクニヌはまだぼうっとしていたけれど、音を聞いているだけではなくて、今度はうなずくこともできた。 目の前から、目が離せないものがなくなっていたからだ。 男はレイクニヌがもうすこし落ち着くまで手元の金属をいじっていた。 男の手の動きに合わせて、金属塊が形を変える。幾何学的で単純な結晶形をとったかと思えば、溶けおちて。 食べ物のように伸びたかと思えばまた複雑な形を宿命づけられているかのように形成する。 金属は妙なる輝きを放っていた。 周囲のものを、あるいは男を映し出しても、あんなに色とりどりになるものだろうか。 あんなに何人もがこの露店の周りに人垣を作っているのだろうか。 男の手元で金属塊が何人もの姿、いくつもの情景が映し出していた。 「落ち着いたか」 レイクニヌは頷いた。 「そうか。何が見えた」 「……見えたのは、 　笑ってる村のみんな、なの。 　幸せそうな沼のみんな、なの。 　豊かにしている森のみんな、なの。 　それから…歌う私が見えたの」 男はそうかと頷いてそれがあんたのネガイゴトかと嘯いた。 手の中で男は金属塊を弄ぶ。 何人もの顔が写っては消えていくのに、顔を歪めるでなし、微笑むでなし、ただ疲れたようにゆっくりとかぶりを振った。 男がそこに見出したもの——今、まさに金属塊に映っているもの——が男のネガイゴトなのだろう。 「これは憧れを——願いを映す石だ。魔力の通りもいい。 　スキルストーンの容れ物にするにはうってつけだろう。 　俺は……おい、俺のこと、この子にはなんて紹介してあるんだ?」 鍛冶師ですと、商人が応えたから男は 「そういうわけで、鍛冶師だ。あんたはこれを何にしたいんだ？」 何に、といわれてもレイクニヌには返す言葉がない。 心の中に確たる願いの形のあるわけもなかった。 元より、素敵なものがないかと軽い気持ちで、誰かがそれを与えてくれやしまいかと、他力本願に見て回っていたのだ。 「ええと、考えてなくて……でも、海底の探検に行くの。危ないことがあったら、殻になって、包んでくれるような…… 　でも、普段は小さいほうがいいの。 　スキルストーン無しで海の中に入ると、なんだか身体が痺れて、うまく動けなくなっちゃったから、ずっと持っておきたいの」 考えていない、という言葉がまるで嘘であるかのように、 喋りだしてみれば少女らしく、あとからあとから野放図な要望がたくさん出てくる。 男はそれを一通り聞いて顎を撫でた。顎髭でもあれば様になりそうな所作だった。 「だいたいわかった。 　聞いておきたいんだが、あんた。自分が誰かを傷つけるところって想像できるか？」 レイクニヌはそう問われると、身をびくりと振るわせて目を伏せた。 長い睫毛が赤光を受けてその頬にひときわ濃い影を落とした。 「やりたくないの。 　……でも、できるの」 「さよか。まぁ、できるなら上等だ。なにも、いつも考えてろって言うんじゃないし、 　スキルストーンがある程度補助してくれるだろうしな。 　あれは術者の意思を優先はするが、ある程度の自動制御が効いている」 商人は男に「結局、スキルストーン使ったんですか」と聞いた。ひどく気味が悪そうに。 男は「ああ。あれがないと海底にまで行くことなんざ出来なかったからな」と応えた。 商人はなおも気味悪げにしていたが、男は場を明るくするために一つ息をついた。 「撤収だと言ったはずだ。おまえがあれを気に喰わないのは知っているが、もう使うこともない物のことを悪く言う負う必要はないだろう？」 「いえね、スキルストーンのことは悪くいってませんとも。 　あの海が、入っただけで珠を灼きにかかる、どうしようもないあれが……」 「海にももう入らないだろう？」 「せやけど。大丈夫だったんですか。 　さっきそこのお嬢ちゃんが言ってたみたいに精霊でも悪い影響は出らっしゃる、半精霊でもやろ」 「俺は大丈夫だった。お嬢ちゃんもスキルストーンがあれば大丈夫ってことは知ってるだろ。 　俺たちがどうこう言うことじゃあない。それと」 「……」 「俺たちは半精霊でも何でもない。人間だ。」 「……そーでしたね」 「そーなんだよ。ところで、この水亜淵憧鉱、どうするんだ？」 話題を変えられて、商人はううん、と唸った。 舟にはまだいくらか金属が残っていた。 「他の世界に持っていけるようなら、もってきます。無理そうなら捨て置きます」 「そうか。じゃああるだけ出せ。さっき見た感じ、こいつはテリメインの海の魔力でヘンな組成を維持してる。 　他の世界にもっていったら、その場で爆発するかもしれんぞ。少なくとも維持は不可能だろう」 「そんなぁ」 「見込み違いだったな。捨て置くにもいいタイミングだ。ほれ」 商人が水亜淵憧鉱をありったけ持ってくる。 男がレイクニヌを立たせると、金属塊に手を触れて何事かつぶやいた。 水亜淵憧鉱がきゅっとレイクニヌの胸元で結晶になる。立方体をいくつも連ねた岩塩じみた形。 「展開、収縮、凝固、よし」 男のかけ声に合わせて、まるで生き物のように金属塊は蠢いて、レイクニヌの体の周囲を様々な形に展開し、収縮し、最後にレイクニヌの手元にぽとりと落ちた。 スキルストーンを嵌めこんで使えるような孔がいくつも開いている。 余りにもあっさりとした、『鍛冶』にレイクニヌはおずおずと口を開いた。 何せさっきから、二人の会話に置いて行かれたままだったのだ。 「これでいいの？」 「ああ。後は適当に使え。使い方はそいつに聞く方が早いだろ。 　……名前、かいておけよ」 レイクニヌは手の中の変則的な立方体を見て、不思議そうにしていた。 男は早々にレイクニヌへの興味を失ったと見えて、商人の方へまた声をかけている。 「ラッド。露店もしまうぞ」 背を向けた男にレイクニヌは慌てて声をかけた。 「あの、お代金は……なの」 呼びかけるレイクニヌの声を男はしっしっと振り払う。 「いらん。これから別の世界に行くんだ。海の中では別の世界の魔法が通じなかった。 　海の魔法で形作られた石が別の世界に行って機能するとも思えん。あんたにやる」 レイクニヌはそう云われたものの、おろおろしていた。 やがてどこからともなく睡蓮の花を一輪取り出すとそれをどうぞと差し出した。 「レイクニヌの花……沼の花なの。 　泥中に根を張って、そのうちにそれが食べられるようになるの」 男は白い花とレイクニヌを見比べると、皮肉げに笑った。 「そいつは水銀の沼でも育つのか?」 「…わからないの。もしかしたら、銀色の花が咲くかもしれないの」 「食ったら毒になりそうだな。その銀の花」 レイクニヌは言い返せなくてまごついていたが、男はレイクニヌの手から花を——レイクニヌの花、としか言わなかった、睡蓮の花——をひょいと取っていった。 おどけた口調でつづける。 「だが、なにかの拍子に薬になるかもしらん。不老不死とかな」 男たちは露店の天幕をしまい終えると、じゃあな、と一声かけてレイクニヌの前から去っていった。 多分、テリメインからも去ったのだろう。 -------------------------- 男が調律した水亜淵憧鉱 ≪ティシティセナイト≫が陽光でないものを照りかえして虹色の輝きを揺らめかせていた。 顔を中程まで包帯で覆った娘、ひどく冷たい紅い目と横顔、ぞっとするほど美しい銀色の髪の誰か。誰か。誰か。 何人もの、それなりの大きさの街の住人くらいの人数の人々の顔。覗き込めば彼らとすれ違うようだった。 一様に暗がりの中にいるようで、それが水亜淵憧鉱が男から写し取ったものなのだろうと知れた。 レイクニヌの知った顔は一つもなく、またこれから先のこれらの人々と会うこともないのだと感じられた。 知らない人の——結局あの、青い目をした鍛冶師の名を聞くこともなかった——願いと憧れが入り交じった石を手に浮き上がる。 憧れは淵だ。覗きこめば、それを持つ自分を覗き込み返される。 通りの向こうから藍色の夕闇と、しびれを切らした連れのこどものがレイクニヌを探してやってくる。 星が瞬くように過ぎ去り、自分の顔もこの虹色の中に沈み込むのだろう。 石とはそういうものだ。やがて、という言葉だけが、そこに封じられることを逃れ得る。 レイクニヌは自分の名前も綴れなかった。 だからかわりに、また、金属塊の内側に睡蓮のかたちの負の仮晶を刻みつけた。

	穏やかな海《セルリアン》

穏やかな波、暖かい水温。太陽の光を透かし、キラキラと輝く水中に、
光とともに舞うように鮮やかな熱帯魚達が珊瑚礁に集まる海域。

この世界の窓口である探索者協会からも程近いこの場所は、
色々なところから集まってきたバカンス目的の観光客や、
これから冒険に挑もうとするものたちで賑わっている。

比較的凶暴な生物もいない、穏やかな、冬でも温暖の海である。

バカンス

青く輝く海ッ！
申し訳程度に残った陸地の真っ白い砂浜ッ！
キンキンキラキラと照りつける太陽ッ！！！

そう、ここはバカンスにピッタリ夢の世界、テリメイン！
水着の美男美女ッ！
トロピカルな熱帯魚と珊瑚礁ッ！

さあ心ゆくまで羽を伸ばし、
この穏やかなる海セルリアンを全力で堪能するのだッ！

しかし注意せよッ！　穏やかな海域とはいえ、未知なる生物が居ないとも限らないッ！
そんな障害なんぞ乗り越え、全力でバカンス出来る、
レーヌのユートピアを今こそ探し出すのだッ！

暖かな海、緩やかな潮の流れ、色とりどりの魚たちッ！
まだまだこの海は、バカンス出来る場所がありそうだッ！

レーヌは周辺を探索…………。

酢の物を手に入れた！

レーヌはリングを購入した。

レーヌはSSシェルボックス(低)を購入した。