控えめなノックとその呼びかけに、夢うつつだった意識が少しだけ覚醒する。
同時に睡魔によって誤魔化されていた頭痛が響く。唾液が貼り付いた喉は昨日からずっと水分を求めているようだ。

風邪を引いてから——あの雨に降られた日から、一日半。昨日と比べれば大分良くなったと言っても、
熱っぽい身体は言うことを聞かず、思考は響く頭痛に邪魔をされ、まとまろうとしてくれない。

……それでも、

それでも私は、彼の顔を見ないで済むから助かった、と思ってしまう。
彼からすればあの日のことは八つ当たりを受けた以外の何物でもないだろうし、それを謝れていないのも私が避けているからだ。

ぶつけた言葉を思えば、私に非があるのはわかっている。けれどまだ、出来ることならこのままやり過ごしたい。
しかし私の身体はそれを拒むように咳を漏らす。

ことり。


何かを置いた音が、ドアの向こうから聴こえた。
しかしそのあとに続くべき足音は聴こえない。

彼は立ち去るどころか、そんなとりとめのない、返答を求めない話を広げ始める。
まるでこの場に残る意味を語るように、私との繋がりを残すように。
……それが彼の優しさだなんて、彼の私を許した証だなんて、誰に言われるまでもなく解る。


けれど私は、そんな優しさすら力を持つ者の余裕だと、そう思ってしまう。

（彼は、また彼らは）力があるから優しくなれるのだと。
（私は）力がないから優しくなれないのだと。

弱った体躯が卑屈を増長させる。そんな軽いものだったら、どんなに嬉しいことか。
この世界に来たときから——この世界に来る前から、私はずっと持っていた。


布団を被り、汗ばんだ掌で耳をふさいで、彼の優しさを遮断する。
立ち去って欲しい。そして私に、こんな想いをさせないで欲しい。

これ以上、私に私を、嫌いにさせないで欲しい。
これ以上、私にあなたを——そして“彼”を、嫌いにさせないで欲しい。


きっと、私に足りなかったのは力ではなく、
この劣等感と向き合える、勇気なのかもしれない。

　レンツを険しい表情で見つめ、ややあって少し諦めた様子で [ o u a e ] と唇を動かす。
そのまま俯いて、 [ e o , o u ] と、呟き、何かに堪え切れず、大きく息を吸った。
そして——。　
　

　
絞り出した声色は掠れ、声量も不安定で、聞き取り辛い。
少し咳き込んでいるエルから少し離れた場所で、機人の少年はうつむく。
　

とレンツに抱かれたまま目を閉じ彼の鼓動があまり変わっていないのを聞き少しさびしげにささやく

　
　　　　　　一呼吸おいて、だからね、と声にし。　

　
　　　　　　随分と間を置いて、口に出かかった言葉を抑えた。　

　
　　　　　　そして、話題を変えるように訥々と語りだした。
　　　　　　　まあ聞くだけ聞いておけと言わんばかりに、腕を組んで身体を斜に構える。
　　　　　　　丁度、レンツからは顔すら見えない角度になるだろうか。　

　
　　　　　　やれやれね、と苦笑する。
　　　　　　　そして漸くそちらへ向き直ると、無礼を詫びるかのように肩を竦めた。