————意識を失っている、ビブリオバベルの精神世界内。

ほっぺたをつねってみたり。
眠気覚ましのまじないを唱えてみたり。
思いつく限りのことはしてみたが、
ビブリオバベルは目覚めることに成功していなかった。

苛立っても仕方が無い。
一度落ち着いて、その場に座り込んだ。


精神世界の中は、静まり返っている。
……この場所は、とても静かだ。
自分のエンブリオは、エリス以外は今、ここに来られないらしい。

エリス曰く、死に瀕した状態の自分は、
精神世界内ですらエンブリオの力を借りることが難しくなっている。
エリスだけは、死に近しい存在のため、
ここに居られるとのこと。

以前、教樹はエンブリオと契約できないと聞いていたが。
嘘を吐かれていたということだろうか。

中々のショックだが、一体どうしてそんな嘘を吐いていたのか考えこむ。

………一つ、思い当たることがあった。
教樹を生まれた世界の外へ召喚した、召喚士の話だ。
教樹が今、研究者である教樹として居られるのは、
良くも悪くもその召喚士のせいだと話していた。

時折彼の話をする教樹は、
口では相手のことを悪く言ったりしていても、
どこか懐かしく、そして遠い目をして語っていた。

一度召喚士と別れてからというもの、二度と再会はできておらず、
いつかまた会って話がしたいと言っていたが……



召喚士と召喚獣の繋がりは、
基本的にはその召喚契約が絶対であり。
その契約が途切れると、両者の間には関係性が無くなる。
それが召喚術の基本的なルールだ。

教樹は、もしかすると、
自分がエンブリオとの契約者となることで、
召喚主との契約が途切れてしまうことを恐れていたとしたら……。

思い返してみれば教樹は魔鉱物だけでなく、
召喚術についての研究もしばしば行っていた。

そもそも彼の主研究テーマ「魔鉱物の力源」は、
魔鉱物の力源が、召喚術と似通った仕組みで
「どこかから魔力が召喚されている」という提唱が軸になっているものだ。

もしかしたら。
彼は、召喚主との再会を、心の何処かで渇望していたのかもしれない。



だが、自分のために、
それを諦めさせるようなことを今、してしまっている。


………全て自分の勝手な推測だが、
あながち間違っても居ない気がした。
しかし、だとすると、仲間達だけでなく恩師にすら、
相手の生涯をかけた夢を台無しにするほどの迷惑をかけているということになる。

ビブリオバベルは意気消沈した。
自分は、どうしてこう人に迷惑ばかりをかける生き物なのだろう、と。

と同時に、とても嬉しくもあった。
あの、自分に対しては無愛想な教樹が、
そこまで自分に対して一生懸命になってくれているということが、
涙が出るほど嬉しく、ありがたかった。

最後まで一揆の戦いには参加しないというスタンスを貫き通した教樹が、
最後の最後で、自分のために戦ってくれたのだ。

恥ずかしくもあり、照れくさくもあったが、
やはり、教樹は優しい人………樹なのだ。

脳裏にたくさんの人の顔が浮かぶ。

共に戦ってきてくれた、
テセラストイケイアと、ノスタルジアステラの仲間たち。

魔鉱物研究室で、
魔鉱物についての談義を交わしてくれた人たち。

他愛のない雑談の中で、
苛烈極める戦いの中にも癒やしを与えてくれた人たち。

そして何より、
自分に生きる意味と生き甲斐を与えてくれた、恋人の少年。


会いたい。絶対に生きて会って、
また話したい。たくさんたくさん話したい。

思わず叫んだその時。

どこかから、
大切な人の声が聴こえた気がした。
　
　
　
　

* * *


　　ひと通り話を終えると、遠くから歓声が聞こえてくる
　　また街から聞こえる祝杯の声だろう

　　一揆が終わってからというもの、お祝いムードは絶えず
　　いつもどこかでお祭りが起きているような騒ぎだ

　
　　　　　 肩をすくめて笑いつつ、憤る少女に声をかけた。　

　
　　　　　 意気込んだ姿にふっと息を吐くも、何か眩しいものでも見たかのように微笑んだ。
　　　　　　 軽く片手を挙げて挨拶とすると、彼女もまた自分の戦地へと踵を返した。　

彼女を見送った後、しばらくしてリブリはその場にへたり込んだ。

—後日、ローラスに会うことになる。

そのころのリブリはすでに…

ローラスから、驚くべきことを耳にするリブリ。

ふと、別れ際に天蓋庭園に戦いに行く、と言い残した彼女のことを思い出した

幹を曲げたローラスを支えるように、自分も膝をついてすがるように懇願した。