時は二十年前に遡る。







「リューゼリゼ！」


アカデミエの【実験区】、通称“ラボ”。

ボサボサの長髪を整えもせず変てこな形の帽子を被り、
シワクチャの白衣にポケットを突っ込んだまま
ラボをぶらぶら散歩していた女は、不意に背後から呼び止められた。

気だるそうに振り返ると、そこには白髪交じりの黒髪を短く整えた男と、
隣に綺麗な黒髪をストレートに垂らした少女が立ってこちらを見つめている。

「———やあ、“マグロ漁師”。数年ぶり」

リューゼリゼと呼ばれた女は、表情を動かさずに男に返答した。
視線を少女のほうにずらして、

「“そっち”は新種の海洋生物か？
　随分、人間に似ている。生物学史に残る大発見だ。おめでとう」

ぱちぱち、と拍手をした。
本気とも冗談ともつかない言動に対し、
“マグロ漁師”呼ばわりされた男は苦笑して答える。

「相変わらずだな、君は。その呼び方も、久々にされたよ。
　……紹介が遅れたけど、この子は僕の娘さ。
　正真正銘の人間で、ネイティブアカデミエント。
　———名を、ソプラニアスという」

紹介された少女は、軽くお辞儀をして微笑む。
リューゼリゼは、そこでようやく驚いたような顔をする。

「……イアンズロップスが人間の子を成すとは驚いた。
　てっきり君は、海と添い遂げるのだと思っていたよ」

「お陰様でね。僕ももう若くないから」

それでも、相変わらず腰は落ち着けられてないけどね。
そう言いながら、彼は娘の頭を撫でた。

「娘を連れてマグロ漁続けてるのか？
　随分と手間とコストのかかることをする。」

ずけずけと物を言うリューゼリゼに対し、
うん。と、
イアンズロップスは怒りもせずに答える。

この子も、海が好きなんだ、と。
いろんな世界の海を見せたいんだ、と。
彼は目を細めて、嬉しそうに語った。


リューゼリゼは目をつむり、肩を竦めた。


「ところで、リソジーノムスはどこだい？
　彼にも娘を紹介しておきたいんだが」


「あいつもあいつでマグロ漁に精を出してるよ。
　今はローラスと二人して革命の世界」


「レルヴォヴェールか……あの世界にも海があるんだ。
　いずれ訪れてみたい。
　しかし、君を一人置いて行ってしまうなんて、
　二人共ひどいな。君は行きたくなかったのかい？」


そう尋ねられたリューゼリゼは、
自分のお腹を撫でながら、眉一つ動かさず答えた。

———生憎、産休中だ、と。




＊＊＊＊＊＊＊＊＊




レルヴォヴェールから帰ってすぐのこと。

まだ生まれたばかりの、
たまのような赤ん坊を抱きかかえたリューゼリゼから、
ローラスはイアンズロップスの話を聞かされた。

リソジーノムスとローラスが帰る頃には、
親子は既に元素の世界へと旅立っていた。

それから二人の音信が途絶え、
二人の身に何があったのかは未だに不明とされている。
だが、この今目の前にいる、
犬型のエンブリオは………

“それ”は、只じっとしている。

ビブリオバベルはしゃがみ込み、
“それ”を抱きしめた。

“ソプラニアス”は、
まるで人間のように、涙を流した。
　
　
　
　
　

　
　
　
　

うんうんと頷いている。

　
　　　　　　物怖じ無く、すっと一礼する。
　　　　　　 冒険者のそれにしては、作法を弁えたものだった。　

　
　　　　　　個人名がついてるのなんて珍しいわよね、とか笑いつつ。　

　
　　　　　　先程の話ではないけれど、と笑う。
　　　　　　 目隠しで遮られたはずの視線が、なんとなく頭に当たる部分を眺めているのは気のせいだろうか。
　

と、おもむろに手近な布で腰を巻いてみるリブリ

しばらく考え込み……

ビブリオバベルの反応にシェーンは満足そうだ！