ナイトスピリット。
少年が契約してからしばらくの間は何の意思もない、ただ力を分け与えるだけの存在だった。
ランタンの中で青白い炎のように揺らめくばかりだったそれが突然口を開いたのは、少し前のこと。
いや、正確にはその声が少年の耳にやっと届いた日、と言った方がいいだろうか。

「お、やっと気づいたか！」

不気味な姿の割に、出てきた言葉は意外と気さく。
声の主はユーグリットと名乗った。
やっと言葉が聞こえた。やっと言葉が届いた。
このことを皮切りに、少年とエンブリオは今までの間を埋めるようにたくさんの言葉を交わし始めた。

ナイトスピリットは、とある魔剣によって身を滅ぼした騎士達の魂の集合体だった。
ユーグリットはその一人に過ぎず、交流が可能になってからは入れ替わりに様々な人格が現れるようになった。
その多くは欲に囚われた後悔を懺悔するように語り、少年は静かに、ときに相槌を頻繁に入れながら耳を傾け続けた。

とある国の伝承に出てくる聖剣。
魔が国を脅かすそのときに現れ、その剣を手にした者が国を救うと語り継がれていた。
事実、危機の度にその聖剣は誰かしら騎士の前に現れた。
しかしそれは聖剣のふりをした魔剣であった。
あるときは老人の声で、あるときは少女の声で、騎士達を唆しては多くの人を斬らせることで血を吸い続けていたという。
戦を起こしては最終的に綺麗にまとめさせていた為、その剣の魔性が暴かれるまでに長い時を要した。

「そういえば、お前は魔剣のことで後悔とかないのか？」

初めて声が聞こえた日からしばらく経って、久しぶりに出てきたユーグリットに少年は尋ねた。
すると、ランタンの中の青白い炎はブワッと誇らしげに大きく燃え上がり、

「俺？ないね！」

炎の中に顔のパーツのような線が現れ、他の人格にはない堂々たる様を見せ付ける。
以前話したときにも思ったが、その口ぶりから少年と歳が近いと思われる。
そんな手の平サイズの炎に胸を張られても可愛いだけだ。
予想外のドヤ顔に少年は一瞬驚いた様子を見せたが、すぐに楽しそうに目を細めた。
ユーグリットもそんな少年に気づき、不満げに炎の色を濁らせるものだから、少年は堪えきれずに笑ってしまった。

「お前なー。そこは笑うところじゃねーよ。
　……今日は折角俺たちの重要な秘密を教えてやろうと思ったが、やめだやめやめ！」
「ちょ、悪かったから、そんなに怒るなよ！」
「やーもー、俺チョー傷ついたしー」

少年が契約しているユニコーンが見たら鼻息を荒くしそうな光景かもしれない。
ケラケラ笑いながらなだめたりご機嫌を取り続け、落ち着いた頃にやっとユーグリットは口を開いた。

「一応俺たちナイトスピリットってことになってるけどさ、実のところは器に過ぎないんだよね」

ナイトスピリットにはコアが存在し、そのコアを守るように青白い炎がそれを包んでいる。
少年が日頃使っているナイトフォール等のスキルの力は、コアから出ているものだった。
少年と契約をかわすまで、ナイトスピリットはコアが宿す闇の力の強大さによって自制心が全くない状態であり、その力で好き勝手に手当たり次第に何でも襲っていた。

「あの方と同じオリフェンドールの加護を受けているアキトが契約してくれたのには助かった」

少年との契約により、コアを包む魂たちが少しずつ心を取り戻していった、とユーグリットは言った。
心を取り戻した魂は周りの魂と協力し、コアから垂れ流しになっている闇の力の制御を試み始め、最近やっと完全に調整が出来るようになったらしい。

「お前の話は微妙に穴だらけでいまいち要領を得ないな」
「そらそうよ。そこは演出よ」
「わざとかよ。で、あの方、っていうのは誰なんだ？」
「……炎の中、じっと見てみろ。もしかしたら見えるかもしれないぜ」

秘密を打ち明けるようにそっと呟かれれ、少年はランタンを持ち上げてじっと炎を見つめた。
炎を模っているもののあまり強い光を発さないため、凝視しても目の負担にはならない。
炎の中心部は灰色混じりに白く濁っており、奥に何かがあるかどうかも見えず。
言われて見ているからそこに何かあるような気がするだけで、それ以上は何もなかった。

「見えない？」
「見えない」
「それじゃこの話はまた今度だ」

見えたら教えてやる、と言う声は笑っていた。
やや挑発が含まれたその音に少年はつい躍起になって、後先考えずにランタンを縦にシェイクした。
次にユーグリットが現れたのは１週間後のことだった。

　

　

　

　

レイジは目を逸らしながら、そっと箱の蓋を閉じた