（一揆参戦39日目の分の日記。）



「……解約」

聞こえてきた言葉を、アマリアはオウム返しに繰り返した。
エンブリオの一体、いつもはあちこちを自由気ままに飛び回っていることが多いフェアリーが珍しく姿を現し、口を開いたのだ。

「うん。そうなの。…だって、ほら、マリーは新しいエンブリオと契約するんでしょ？
　誰かと解約しないと、契約の上限数に達してるの。このままじゃ契約できないの」

フェアリーのエンブリオは、腰掛けていた木目模様の机から離れ、アマリアの目の前まで、ふわりと舞い上がった。
そのまま、じぃ と、アマリアの蒼い瞳を真っ直ぐに見つめる。

「思い返してみれば、結構長い間マリーと契約してたんだなー、って思う。
　…だからこそ、かな。今、マリーが解約するんだったら、わたしだな、って思ったの」

「…どうして？」

「うーんとねぇ……。日が経つに連れて、敵も強くなってきたと思うの。
　…そういう中で、わたしが力を貸せることは、そろそろ無くなってきたかなぁ、って」

「…そんなこと、ないと思う」

「うん。マリーならそう言うだろうと思ったなの」

人差し指を口元に持って行きながら、「でもね、」と続ける。

「わたしがそう思ってしまったからには、もう、解約するんだって…決めたの。——その方がきっと、マリーの力になれるから」

「………」

フェアリーから視線を逸らし、胸の前で握った自分の拳に視線をやるようにして、アマリアは俯いた。

彼女の言っていることは間違っていない。
敵が強くなってきたことも確かであり、最近では、フェアリーから借りている力を使う機会も減ってきていた。

だがそれは、他に契約している一部のエンブリオも同様だったりする。
それに、先ほどフェアリー自身が言ったように、彼女はメルンテーゼに来て間もない時期に契約したエンブリオである。
常に傍に居たとは言えないが、それでも、何だか離れがたい気持ちがあった。

いずれ、この一揆が終わり、元の世界に帰ることになった時に、
アポルを除く全てのエンブリオと別れなくてはいけないのだとわかっていても。

「…あのね、マリー。契約を解いたら、戦いに関して実際に力は貸せない。だけど…」

——くるり、と。
両手を広げ、楽しそうに、踊っているかのように、フェアリーは空中で身を翻した。
その動きに釣られ、アマリアは顔を上げる。

初めて出会った時に「ミント」と名乗った名前の割に、
どちらかと言えばオリーブに似た髪色をした小さな妖精は、にっこりと笑っていた。





「これでもう二度と会えない、って訳じゃない。マリーが自分の世界に帰る日まで…
　気が向いたらマリーの所に、遊びに来るかもしれないの。だからその時は……何か美味しいものが用意されていたら、嬉しいな」

ふふっ、と茶目っ気たっぷりに笑って、フェアリーはもう一度、くるりと回る。

妖精が纏う、独特の魔力の光が淡く弾けた…次の瞬間には、彼女の姿は無く。
星屑のような光の残滓だけが、ハラハラと降り注いでいた。