王城の前面には広大な庭が広がっている。
しかしあまりに真正面すぎるためにデュラック・ギアリンクスの
探索/進攻ルートからは外されていた。
赤毛の元騎士が護る門すらも確認していない。


「ミチエ。私は猫が欲しい。」

リィーンのその一言が切っ掛けだった。
猫とは言ってもペットのそれではない。
エンブリオだ。
探索を進めるついでに、相性の良さそうなエンブリオ候補を狩りに行く
ことはよくあることだった。
だが、広庭はほぼ無駄足になるため、あまり選ばれることはない。
ミチエもいつもの我侭として受け流して却下するつもりだったが
念のため調べているうちに気が変わり、猫狩りに同行することとなった。


鳥のような魚のような獣たちが空を回遊している。
その下には二本角の黒馬と、胴の長い白黒の熊。
そして、目当ての猫。
猫と言っても、ネコ科の動物に酷似しているというだけで猫そのものではない。
黒豹に似たその魔物は肩から生やした触手をゆらめかせ、唸り声を上げていた。
その魔物の名は、クアール。

咆哮を上げ殺到してくる魔物たちをリドレーの巨躯が押しとどめ
その大きな掌が爪牙をいなし、捌く。きっちりと手痛い土産を渡して。
その背後から闇色の触手が乱暴に纏めて薙ぎ払って押し潰して行く。
リィーンのバルディッシュの刃が閃く。


争いの勝敗はあっさりと決した。
静寂が広庭に戻る。
身を切るような冷たい風が枯れ草を揺らす。

倒れたクアールへとリィーンとミチエが近付いていく。
だが、その影から何かが飛び出した。
飛びかかってきたそれをミチエの刃が押し止め、防ぐ。
唸る、蒼い瞳の獣。

（近付くな、人間ども……！）

「……思念で会話が出来るのか。驚いたな。
　だがな、そうもいかんのだ。此処まで出向いて手ぶらでは帰れん。」

（それはお前達の理屈だ。我ら兄妹には関係ない。）

「そうか。後ろのそいつはお前の妹だったか。
　では、選ばせてやろう。兄妹ともども仲良く此処で死ぬか
　私達と共に来るか、だ。勿論、手当はしてやるし、食事も出す。
　こちらの力量は先程の戦闘で確認済みのはずだ。」

（………）

「早く決めろ。私達も暇ではない。妹も苦しんでいるぞ？」

（………）
（……）
（…）
（……わかった。お前達に従おう。）

「よし、契約成立だな。では名前を寄越せ、クアール。」

（………アルコルだ。）

「了解した。役に立たねばすぐさま放り捨てるから、そのつもりでな。」

（我が一族を侮るな、愚昧な人間め。）

「その意気で頼む。私は───」

（───ミチエーリ、だろう。寝首をかかれぬよう気をつけろ我が主よ。）
（黙レ、クサレ猫！ オ前ニナド、ヤランゾ！）
思念の波にヴェルトロスが割り込み、抗議の声を上げる。

「ふん、思念を読んだか。面倒なのがまた増えたな。まったく。
　……と、いうことだ。こっちの蒼いのは私が貰ったから。
　リィーンは妹の方だな。とりあえず手当をしようか。
　やりすぎたかもしれんな。リィーンは馬鹿力だから。」

「ちゃんと手加減はしたよ、ミチエーリ！
　……紅い瞳か。炎の色だ。悪くないね。」

ぐったりとしたままの片割れの獣をリィーンが両手で抱え上げる。
上衣が血で汚れるのもいとわずに嬉しそうに笑ってそう言った。

頭を軽く押さえて。

前に一歩、強く踏み出る。

構えを解き、戦場の中心に佇んでいる。

倒れた敵を足で押し退ける。