色々な相手を倒してきた。

しかしこれは自身の実力向上よりも、ネクターによるエンブリオ契約に寄る力が大きいということは自覚している。
実戦を重ね、死線をくぐり抜けてきたと言う自負は確かに自分の力にはなっているのだろうが……

薙疾の父はニタン帝国における最強の武人でもある。
彼女が知る限り負けた姿は見たことがないし、薙疾も手合わせの際に一本を取ったことすらない。

父を超えることが薙疾の当面の目標であり、今のままではそれには届かない。
ネクターがこの世界にしか存在しないのなら、強さがエンブリオに依存するこの世界では本当の鍛錬は難しい。

「メルンテーゼではメルンテーゼでの戦い方しか学べない」
それが薙疾の出した結論である。

薙疾の脳裏に浮かぶのは、1人の男性。

鳴瀬 御舟※1。

メルンテーゼに来てから何かと練習試合で縁のある相手だったのだが、最近は色々と話をする関係になった。
その話の中で、彼とその相棒は「様々な世界を転々としている」と言っていた。
これはつまり、各世界への移動手段はネクターを用いたもの以外にもあると言うことだ。

強い敵と戦ってみたいからメルンテーゼに来た。
強い敵と戦えそうだからメルンテーゼ以外にも行ってみる。
本当に単純で、短絡で、短慮である。

魔力を集中して——どろんっ

腕をぶんぶん振り回しながら、笑っている。

全身を黒い服で覆った細身の青年が歩いてくる。

青年は敵意は無いと言わんばかりに両手を肩の高さまで上げる。

社長の口角がにやりと上がる

社長の口角がさらに釣り上がった
自分が勝利した時のことを思い出しているのだろう
なかなか悪そうな顔だ……

しかし、件の闘技のことを突っ込まれると、
その表情はどこかへ飛んでいってしまった。

必死にフォローになっていないフォローを重ねている。

そんなことを言われたせいだろうか、何かを意識してしまい……
社長の視線が、薙疾の顔から下の方へ、下の方へとちらっちらっと動くのが見える。

何を見ているとは言わないが。
ちらっちらっと。

なんでもない風にそう語ったあと、薙疾の話に耳を傾け純粋に瞳を輝かせた。

それが事実か定かではないが。仮にも契約エンブリオ、あれで終わりということもないのだろう。
しかし、続けて問われた己の事については目をしばたかせた。

それは不味い事を聞かれたという風でもなく、
まるでUFOを見た事を話そうか迷っているかのような。

けらけらと笑うその姿は希薄な自分から目を逸そうとしている様とも、
本当に気に病んでいない様とも取れる振る舞いだった。