おとなしく見えて好奇心は旺盛のようだ。

うんざりした様子をみて大変そうだなー、といった目を向けている。

そのイントネーションで特に違和感はなかったようだ。

ちょっとほっぺたを膨らませるように。

胸をあててんのよされると、あたる感触に顔を赤くして声にならない声を出している。

何かあったのだろう……。

この子供からするとメインの部分はあまり変わっていないように感じているようだ。

こっぱずかしそうだ。

そういうとふわっとした笑みを浮かべる。
悪意……ではない、だが好意でもない。一言で言えば不気味な笑み。

同じようにまじめな顔で言い放つ後ろで、紫の髪の少年は幼女の背中に顔をうずめながらぽかぽかと殴り続けている。

再開の約束をした。結ばれる約束もした。今まで、さんざんその話をしてきた。だから、悔いはない。
だが、それと同時に離れたくない。もっと話していたい。身体をすりあわせ、共に同じ時を過ごしたい。
その想いがあることもまた、事実だった。

そう言いながら、事前に用意していたであろう自分の毛を渡す。
既に綺麗に同じ長さの毛で揃えられており、簡単に紡げそうだ。
黒でありながら、ツヤもある黒狐の毛。

黒と夕の尻尾が絡まり合う。
互いに求め合う心を、身体を代弁するかのように

ツヅミの顔を見据え、真顔となる。
トガノ自身、現状をどうするかはそれなりに気にしてはいるらしい。

やれやれ、という溜息が聞こえてきそうな笑い方をするも…ツヅミのことを諫める気は更々なさそうだ。
うっとりとしたツヅミの様子を察すれば、指先を立てて彼女の肌を軽く擽ってみる。

たどたどしく、時に言葉になっていないような言葉で自身の心情をツヅミへと打ち明けていく。
…それらを統合すると、『実はあいつのことって、別に放っておいても害はないのでは？』という形に表現できるだろうか。

曰く、ハルシオンとベルフィの戦いも見ていて心躍るものだったと。
彼の本能は、まだまだ『戦い』と『強さ』を欲し続けているのかもしれない。

ツヅミの頬擦りに、僅かに目を細め。

ポン、と軽めに彼女の背を叩き…。
そして歩き出す。
有無を言わさず、ただ『付いて来い』と行動で示したのであった。

共に歩むは、決戦への道。
或いは茨の道ともなり得る代物なのかもしれない。
だが…彼がそれを後悔することは決してないであろう。
彼が内包する、見る者が見れば狂気とも称せるかもしれない野望。
その全てを隣にいる彼女は受け止めてくれると、彼は確信しているのだから———。

それは宿を出る支度を整え終えた矢先だった。
突如どこからか湧いて現れたような気配をすぐに察知する。

敵襲か———。
この地に腰を落ち着けてからもシオンに放たれた追手を何十何百と屠ってきた彼女は、言葉を発することなく武器を構えた。
長い間、この宿に他の宿泊客がいないことは確認済み。知り合いの類が自分がこの場にいることを知るはずもない。
仮に自分達に用があるのであれば、まともな来客である可能性は皆無ということだ。

どんな相手であろうが、まずは情報を知ること。
幾多の戦場を乗り越えてきた彼女にとって、それはもはや生活の一部として染み付いた動作であり、思考だった。

ひとまず、相手の出方と正体を確認すべく…慎重に歩を進める。
されど動きに迷いはなく、床が軋む音すら殆ど立たない。その無駄のなさは、下手な暗殺者をも上回るであろう。

———僅かにだが、球体の…即ち、魂の揺らめきを感じ取る。
三人の『兄』程極端な力ではないとはいえ、腐っても人造異能者だ。
その辺りの感知能力は常人や異能者の比にならない。

発する声に感情は漏らさず、静かに息を呑む。
一流の武人というものは、仮に動揺してもそれを容易く表には出さないものだ。
それは彼女の信条の一つでもある。

ただ…正直なところ、この時点でハルシオンに居場所を察知されるのは想定外だった。
奴は無駄なことは一切しない主義。その辺りは義兄のディルとよく似ていたのだ。
何年も彼等の傍でサポートをしてきた彼女にとって、その辺りの事実認識が狂っているということはまずあり得ない。
と、いうことは…現状が何を意味しているのかは、必然的に限られてくる。

姿を確認しようとはせず、また、自身の身を晒すこともなく。
あくまで部屋外の壁に背を付けたまま問い掛ける。

彼女自身にはある程度推測が付いていた。
理外の理。異能者はそういった行為を平然と行う者ばかりだ。
そして…そういった輩と対峙したことも一度や二度ではない。
その生きた経験が、彼女の脳と身体を導いていく。

最も高い可能性は…あえて報告することによる揺さ振り若しくは時間稼ぎ。戦場内外を問わずよくある心理戦。
だが、そんなものが自分に殆ど効果がないことを奴は知っていそうなものだ。

もう一つの可能性は、この事象そのものが偽りであること。
偽る目的は色々とあり得るだろうが、この場合それは重要なことではない。
そして、このように問い掛ければ…相手がどちらの解釈もできることも彼女は知っている。
揺さ振り・時間稼ぎの類ならば『私には無意味だ』。
偽りならば『私にはお見通しだ』。

事実ならば事実として受け止め、最善を模索し続ける。
戦場に於いてはそれが日常茶飯事。今更再認識する程のことでもない。
…要は、この事象が現実だろうと虚像だろうと構わないのだ。
その程度で揺さ振られるほど、彼女の覚悟は緩くない。

僅かな間、返事を待つ。
自身がその場にいることを示すためだろうか。足先で床をトントンと鳴らしている。
それで反応がないのであれば、そのまま駆けて宿を出て行ってしまうだろう。
彼女達に残された時間は…決して多くはないのだから———。