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わたしの世界に存在した鬼人には、『生存競争用人格』があると言われている。
その表現は、正確ではなかった。
鬼人の生態については謎も多かったが、『生存競争用人格』という括りでみれば、存在しない鬼人の方が多いとわかっていた。
それは、成長期において多くの鬼人が、生存競争用人格を主人格とする形で人格統合してしまうからだ。

「要するに、そのうち戦うことしか頭になくなっちゃうわけだ」

わたしの横を歩く"相棒"は目を軽く逸らしながら、どこか棒読みじみた口調で語った。

「上手く融け合って人間らしく生きられる奴も少なくはないんだが、
　俺と俺の中のやつはどうにも気が合わなくてね。仲良くやっていけそうにない。
　こういう状態になったらもう潰し合い。
　人としての人格が打ち勝ったっていう例は、今のところないらしい。
　決着がつくのはだいたい十五歳程度……あ、俺、今十四ね。
　つまり、一年以内には俺は俺でなくなって、寄り合いに始末だか幽閉だかされる運命ってことだ。
　その時居合わせる"相棒"は、そりゃもう酷く傷めつけられて死んでしまう……そんなおまけ付きでね」

言葉を終えると、彼はわたしから離れて道の脇に逸れた。
彼の言いたいことは、きっと出会った時と同じ。
怖気づいて説得の仕事をやめろ、ということなのだろう。

けれどわたしは、自分を生かしているモノへ貢献する手段を他に知らなかった。
なんの役にも立たず、ただ生きている現状に耐えられなくなっているわたしにとって、
その手段を喪うことよりも恐ろしいことなど、ありはしなかったのだ。

ただ一つ、死を撒くものにしかなれないのが運命だという言葉だけが哀しくて、仄かに視界が滲んだ。



「どうする？怖がってやめるなら、今のうちだけど。そんな泣きそうな顔で、説得なんてできないだろ」

何とか持ち直したわたしが彼に追いつくと、彼はそういって、両手に持った缶コーヒーの片方を投げてよこした。
プルタブを開ける音が、返答を促す。

「やめない。こわくないか、ら」

逸らしていた視線を、あちらから合わせてきた。怯みは、雑じらせずに済んだ。

「……しょーがないな、本当に」

嘆息して、缶を呷る。

「嬉しくないけど、本気で相棒やるっていうなら、続きを言っとく。
　大体十五程度までに主人格の取り合いに敗ける……
　それが鬼と馬が合わない鬼人の、人としての一生だ。覆せたものはいない」

空になった缶を芥箱に放り、視線はすぐに戻ってきた。今度は、逸れることはなく、

「だから俺が、覆す第一号だ。勝手に死ぬ気になんなよ」

彼はさも当然の事のように、運命だと言われているものを覆すと宣言した。



それは、何の根拠もない、ただの放言だったのかもしれない。



けれど。



心の裡に、知らない風が吹いた。





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地下牢で獄死した者達を消耗品として扱う、死霊術師。
それが王の力を享けて動いているという、事実。
やはり、道義など既に、投げ捨てられている。

生きる民から搾取し。
死せる民すら陵辱し。

それでも力を求めるだけの理由が、王にはあるというのだろうか。

どうした？

髪を飾る簪に手をやり、スッと抜いていく。