赤い果実を前に嬉しげに笑う彼女を見て、ふは、と軽く噴き出して笑う。
拾い上げたもうひとつの果実——黒いものはまだまだ熟すには先のようで、
お手玉でもするように宙に放り投げて、厨房への扉を開いて進んだ。

「——あったな、オーブン」

目の前に広がるのは、厨房だ。
パイを焼いて暖かな紅茶でもいれて、一息つきたいところだと思う。
もちろん此処は言うならば“敵地”であり、いつ兵が出てくるとも限らない。
人の食事をこよなく愛する男からすれば、この場は聖地にも等しい場所で、
出来る事なら派手に遣り合うような真似は避けたいところではあったが。

「やっぱり城の厨房ともなりゃ、随分デカいモンだよなあ。
　つっても、大した匂いもしねェとこ見ると今は使ってそうにもねーけど。
　……兵士たちは飯、食ってねーのかね」

きらきらと表情の輝く、世界一幸運なあひるの後ろについて、厨房内を眺める。
冷蔵庫もある。調理器具も、皿も調味料も恐らくは何だって揃っているだろう。
気配を探っても何が来るわけでもなさそうだ。
少しだけ警戒に細まっていた双眸が、嬉しげににんまりと緩む。

「そうだなあ…。うなぎならこないだ釣ったんだが、
　うなぎのマトロット——ゼリー寄せ？燻製、ソテー…良いモン浮かばねェな」

言いつつ、勝手に冷蔵庫を開ける。ぱかーん。
恐らくきっと、材料もある程度揃っているのだろう。きっと、恐らくは。

「野菜のスープと、何か…魚か肉のメインと、サラダと——」


「おれも出来る限りは手伝うから、ちょっと豪華なモンで腹ァ満たすとすっか？」

しゅるしゅる、と空中にペンを走らせれば、少し遅れてエンブリオの駆ける軌跡が残る。

ここぞとばかりにパンフレットが沢山出てきます。

歌うように呟いて、羽根ペンを持った右手を伸べる。
羽根ペンに宿った光のひとつが飛び出して、くるくると回り始めた。

ひとつ、ふたつ、みっつ。
回るたび、辺りの温度が下がっていく。
吐く息が白くなる。ちらちらと、白いものが落ちてくる。
星まで凍らせるような冷たい風が、サッと下から上へと吹き上げた。
目を開けると、いつから立っていたのだろう。
そこには、白い肌、赤い反物を携えた女がいた。